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| 2006年01月15日(日) | フォルトゥナ�� |
ラビがブックマンと出遭ったのは１３歳の秋だ。
持ち前の好奇心（それは猜疑心なのかも知れなかった）から、「あのパンダジジィ、見かけないさね」と訊いたら「ああ、彼はブックマンってな、この世の記録を残していくのが仕事の者なんだよ」とコーラをすする新入りのリーバー（どこからかコムイが引き抜いてきた、若い有能な化学者だ）が応えた。
「それは、人類史？」
「まぁな、人類が滅べば記録を継承する事も出来ないし、意味もないからな。どっちかってぇと・・・戦争史だとか、裏の歴史を公平史実に則って残していくみたいだけどな」
ふぅん・・・と云った後に続ける。
「だから今はエクソシストの中で継承していくのか」
呟きに近いそれを耳ざとく聞き付けたリーバーは、眉を上げた。
「そ。伯爵の情報を民間人に与えても危険なだけだ。アクマと闘う術を持つ者で無いと殺されて終わり、ってわけ。今一番大きな戦争はたぶん、コレだろうしな・・・」
今度は何の相槌も打たないままに駆けて行く。
「じぃさん、あんたもだいぶ歳だろう、次のブックマン候補は見つけてるのかい」
ほとんど身長の変わらないラビをチロリと流し目で見る。
容易く”ブックマン”の名を口に出した子どもを。
「俺はラビ、個人的な姓は無いさ。一族の姓だけだ。だもんだから、あんたの仕事にも興味がある」と不敵に笑って見せた。
「小賢しいガキよ。個人史探しとブックマンの仕事を混同されては困るのだが」
ラビの”試験”にあっさりとクリアした。
ニィ、と笑って応える。「やっぱり面白そうな仕事さね。俺は自分の来歴に興味は無いさ。そういうもんだと思ってここにだって流れてきたんだ。興味があるのは記憶と記録さ、本当のことのな」
高齢のために色素の薄くなった目を細める。
「俺がここに来てからの死者数、エクソシストで１１名、ファインダーで１２７名、新しく発見された適合者は１８名、現在ホームにあるイノセンス数は」
「ストップ」
絹ずれの音さえ立てずに制止される。ひるまず、手の影から燃え立つ髪を覗かせ、ゆっくりと云う。
「何でも数えて記憶するのは元々趣味なんだ。継承者の素質はあると思わないか、その調子じゃ、継承者候補探しにここに来たんだろ、じぃさん」
「その通りだ。だがな小僧、覚えておけ、この歳になるまで継承者が見つからないほどに困難な仕事なのだ。お前の若さでやすやすと理解できる事と思い上がるな」
しわがれた声は低く響く。ラビはぞわぞわと興奮に身の毛が逆立つのを感じる、これだ、と直感したのだ。どれだけ困難な仕事でも。
「そうだろうな、でもじぃさん、覚えておいてさ。俺の事を」
沸騰するような気持ちを抑えて、あくまで笑いながら強調した。
ブックマンが肩をすくめるのを確認すると、じゃあまた、とだけ云ってまた走り去った。
一部始終を眺めていて、あっけに取られていたリーバーが我に帰り、制止するのは無視をした。
「神田くぅん、アナタ、マツタケって好きかしらぁ？ホラ、コムイがチャイニーズだもんで沢山手に入ったんだけど、なかなか皆食べたがらなくてね。マツタケご飯にしてみたんだけど？」
食堂で「蕎麦」と云いかけたら、小首をかしげてジェりーに問われたので「好きだ、そっちを喰う」と即答して「きゃっ、潔いわね、素的よ神田くんｖ」と喜ばれていたところに転がり込んでくる。
「俺もそれ、後ラムあったら焼いて欲しい！」
カウンターで神田に突撃しながら息せき切って告げると「あらん、ラビったら相変わらず雑食ね、チャレンジ精神旺盛で大好きよ。野菜も食べなさいね、ソテー付けてあげるわ、山羊チーズもおまけしちゃう」と嬉々とした声が返ってくるので、「ジェリーの作るもんは何処の国のもんでもうまいさ」と息を整えながら笑う。
上機嫌の鼻歌が響く食堂に席を取り、食前に出されたほうじ茶をすすりながら向かい合う。
いやに興奮した風なラビに、神田は敢えて訳は訊かない。
呼ばれたカウンターに食事を取りにゆき、「ふわぁ、いい香りさ！こんな繊細な香りを出せるのはニホンショクだけだな」と驚嘆の声を上げるのに、「よく羊のにおいで判らなくならねぇな」と応えるくらいだ。
「ユウ、俺はここでやりたいことが見つかったさ」
ほら訊かなくても自分から口に出す。
（こいつは、訊かなくても、自分から云ってくるんだ。俺に気を遣わせない為でもあるし、そういう性質でもあるんだ）
「そうかよ」
ジェリーが付けてくれた、マツタケの吸い物に箸をつけながら応える。素っ気無く、湯葉と小松菜のおひたしに箸を伸ばした。
「ブックマンっていうんさ。この世の全てを記録していく仕事さ」
潰したペコロスに山羊チーズを乗せながら（ラビは箸を使うのがうまい。むしろ他の食器よりもうまいとすら云えた）面白そうだろ、俺には合ってると思う、とあっけらかんと笑ってほおばる。
「・・・そんな役職、教団内にあったか・・・？」
顔は上げない、主菜である秋刀魚を焼いたものに紅葉おろしが添えられたものを食べ進める。
「黒の教団内の仕事じゃねぇみたいなんさ。裏の歴史を公平に残していくためのものらしい」
「例えばアクマとの戦争だとか、民間人は知らないような戦争についても、か」
勢いよく飯をかっ込んだ。
「そうそう」とへらりと笑いながら、振りかけられたあさつきが美しいご飯を旨そうに食べる。
「じゃあ、お前はここの人間じゃなくなるんだな」
吐き捨てると、口を挟ませないようにパン！と両手を合わせて「ご馳走様」と云うなりトレイを抱えて席を立った。
「おいっ！ユウ！？」
カウンターに立ち寄って、礼を述べたらしい（ジェリーが身をくねらせて頬を染めていたので）背中を見送って、慌てて食事を済ませて、同じ様に「今日もめっちゃ旨かったさ！サンキュなジェリー！」と声をかけて走った。
部屋には居なかった。
中庭にも、裏庭にも居なかった。
いつも修行をしている林の中にも。
（チクショウ、ユウめわざと見つからないようにしてやがるな）
舌打ちをしても、こういう時の神田は無理矢理見つけても会話が成立しない。
（都合悪くなるとすぐこれさ。ただ雲隠れして、何にも云わねぇ）
思ってから、認識を改める。
都合悪いのは、本当は、誰だ？
『じゃあ、お前はここの人間じゃなくなるんだな』
そうだ。「公平」というのは、そういうことだ。
伯爵の側にも、エクソシストの側にも、一般人の側にも、どこにも身をおかずに、ただ傍観して記録していく。
世界の主導権をアクマが握り始めたら、そっちに付くことだって。
可能かはさて置き。
人間が滅んだとしても、残って生きていく何かのために、それでも記録は残そうとするのだろう。
単なる考古学者でもない。現在に身を置きながら、どこにも肩入れせず、肩入れせずにいることが、「公平」。
裏の歴史を知り、調べ、保有しながらも、誰にも利用されず消されず殺されず、生き延びなくてはならなくって。それが、「公平」。
林の中は驚くほど無音だった。
何も音がしない。
見上げると、木漏れ日だけが降りそそいでいる。
それが、「公平」？
それは、「孤独」。
踵を返して駆け抜けた、なるべく足音を派手にたてた。
図書館に駆け込めば、予想通りの姿が在った。
「小僧、喧しいぞ」
書物から顔を上げずに低い声が響いた。
「なあっ・・・！ブックマンは、ブックマンってのはさ・・・っ、人間でありながら人間を辞めなきゃいけないのか！？」
切実な声に、ふ、と笑って顔を上げた。
高い天井へとのびたステンドガラスの窓を背後にして、逆光をうける彼は、人ではなく見えた。
「むろん、人間だ」
穏やかに微笑んで告げる。
「でも・・・！少なくとも世界に、人間の社会に、身を置く事はないだろう・・・なぁ！！」
長く長くのびた、ブックマンの影がラビの足元を浸す。
「共に生きて、死ぬさ。ただ定住はせぬ、心身両側面でな。勘違いしておるようだが、ブックマンは１人ではない。人間同士の戦争なぞ幾らでもあるのだ、たまたま適合者だった者が、この戦争を記録しに来ているのだ」
多くはないがな。と付け足される。
「そうか・・・人の間を通り過ぎて、流れて・・・。・・・じぃさん、やっぱ俺ブックマンになりたいさ、俺はそうやって生きてきたんだ、何にも属さず、何にも囚われず支配されず！俺になら、・・・出来る」
どれだけ決意を込めた表情か位は見れば判る、けれど
「お前はあまりに若すぎる。まだ得ていないものもあり、まだ失っていないものも多過ぎる。それでも、心囚われずに傍観者であり続けられるのか、ラビ？」
窘められると自信がなくなる。
「仲間」ではなくなるのに、全てを捨て去るわけでもない。ただそこに居るだけ。情は抱いていけない、肩入れしてしまう。（ユウ・・・）ちらつく顔は兄弟でもあり仲間でもあり友人でもあり。
そもそもが戦場で遭ったのに、戦争の事を抜きにして付き合っていけるのか。そんな莫迦な。
でも。
「この歳でこんなトコ来てるんさ、それを加味してもらってもいい筈だ。既に失ったもの諦めたものもある。この戦争に有利な条件は持ってる、でもそれも好きで得たものじゃない。たまたま、さ」
掠れた声が響いた。どうやら図書館には他に誰も居ないらしい。
もっとも、化学班が調べものに来るくらいで、あまり人気のない場所なのだった。本を借りたとしても長居はしない。
「神の子を辞めるか」
「はなからそんな自覚も無いさ」
「神の使徒たる事を捨てるか」
「そんな自認もまだ持ってない、はじめから無いものは捨てるも何も無い」
「いずれは名も過去も何もかも捨て、ただブックマンという存在だけになるのだぞ」
「存在がなくなるわけじゃ、無い。それなら問題ない」
問答の果てにまたブックマンが笑う。
「一応元帥やその他にも話してはみる・・・。しばらくは滞在する、心変わりしたら直ぐに云え」
また本に視線を戻したので、黙ってそこを後にした。
おそらく神田はもう部屋に戻っているだろう。もしかしたらラビが来るのを待っているのかも知れなかった。
けれど行くのはやめよう、と思った。
（ユウはいつも何も訊かない。俺は決めた事を、云えば、いいさ）
敢えて逢おうとしなければ、入り組んだ教団内では顔を合わせないことを初めて知った。
いつも大抵ラビが神田を探す。
たまには神田がラビを待っている事もある。
どちらも無いままに過ぎる数日では、ニアミスすらなかった。
合わそうとしなければ、早寝早起きの神田と、宵っ張りのラビでは食事の時間さえも異なった。
たまに２人は喧嘩をして、そうしたことがあったので誰かに何かを云われる事も、もう、ない。
５日過ぎ、６日目に日付が変わった時に、「ラビ、ちょっと」とコムイに呼ばれる。
（来たか）
と思う。
化学班の部屋で暖かい茶を出される。コーヒーしか飲まないかと思っていたのに意外だった。湯の中で珠が花開くようにして泳いでいる、茉莉花茶だ。
「大元帥たちとも話をしたよ」
溜息を軽く、長く細くつきながら切り出す。
「継承者が見つからない事は長年悩みだったんだ、そりゃＯＫだった・・・」
語尾を濁らせることに、握った拳は中途半端にガッツポーズになった。
「けど、何さ？」
片眉を上げて問う。
「ブックマンが云ってたよ、ラビは数時間で”ブックマン”という相の存在の業に思い至った、って。まだ１３歳なのに異例な事だって。これまでも候補は何人か居たらしいけど、なかなか背負う業の深さ重さに想像力が及ばなかったんだって、それで」
コムイは顔の前で長い指を交差させてバッテンを作った。
「は、そりゃ前途有望さ、俺」
どれだけ覚悟を決めたつもりでも、まだ心は少しすくむ。
「そう。でも君はあまりに若い、だから逆に心配だ。これから・・・もっと多くの葛藤を背負う事になるよ？」
続けられる言葉を遮って吼える。
「孤独になるのも分かってるつもりさ！・・・心を殺さなきゃいけなくなるって事も！！」
ラビが激するのを初めて見るコムイは一瞬目を丸くしたが、直ぐに平静さを取り戻す。
「それでも、俺には、ブックマンになることしか、ないんさ！・・・たぶん、それしか、ない」
「そう・・・」それが何故か、は訊かなかった。
穏やかにそう云うと、
「これからラビは、エクソシストである前に、ブックマンの継承者だ。今日はもうゆっくりお休み。これから忙しくなるよ、部屋も変えないといけないし・・・そもそもブックマンはあまりホームには居ないからね」
「部屋変えか・・・」
「ブックマンと同室になるから広くはなるよ」
「んなっ！？あのパンダジジィと同じ部屋なわけ！？」
あっさり云われた言葉に、張り詰めていた気持ちごと吹き飛ぶ。
「そうだよ、これまでの記録を継承しなきゃいけないんだから、当たり前だろ？」
にっこり微笑んで有無をいわさぬ、コムイお得意の戦法だ。
「せいぜい広ーい部屋にしてくれよな、俺はこれから大きくなるし、思春期突入なんだからさ」
はいはい、と云う声を聞きながら、おやすみ、とだけ云って手を振った。ドアの隙間からおやすみ、と律儀に返されたコムイの声が聞こえる。
「入れよ」
ノックする前に中から声がする。
苦笑する、いつものことで、なのに久しぶりで。
「お邪魔しまーす」
「いつも勝手に入ってやがるくせに、何だいきなり」
間髪入れない反応に、お互いどれだけ過敏になっていたかが判ってまた苦笑する。
「なんだよ」と洗濯物をたたみながらむすっとした声を出す、神田の部屋は相変わらず物が少ない。部屋に１人で居るときは何をしているんだろう、といつも不思議に思う。大勢で食堂などにたむろする事もなく、修行してるか食事か風呂か寝てるか、しかない神田。
ラビが持ち込んで置きっ放しになった本がベッドサイドに積んである。
「面白かったろ、それ」
指を刺す。それを見ないで「よく解らなかった」とだけきっぱりと云う。
「・・・緑の表紙のやつは面白かった」とも。
苦笑が、泣き笑いに近くなる、視界が歪む。
きっと、顔も歪んでる。
「決まったのか」
神田はまだ顔を上げない。ただ、手にした洗濯物が震えていた。
「うん」
「ごめんな」
「何で謝るんだ！」とようやくラビを見た神田が目を見開く。そして咄嗟に目をそらした。
「何で、泣くんだ」
ばさり、と布を投げ出す。
閉じたドアの前で立ち尽くしたままの、ラビを「んなトコに居られるとおちつかねぇだろ」と自分が寄り掛かっているベッドの上をばふばふと叩いて促す。
てこてこと促されるままに歩みを進めて、ベッドに腰を下ろす。
「俺、ユウをここに置いて出てくことになるんよ」
「んなモン任務でも同じだろ、しかも置いて行くってなんだよ物みてぇに、お前なんか居なくても俺は平気だ」
ベッドに寄り掛かって、床に胡座をかいたまま神田は前を向いて云い放つ。
「部屋だって残るさ、そういう意味じゃなくて・・・」
（同じ運命を生きていけなくなっちゃったよ）
「ごめんな」
云える訳も無い言葉の代わりに、呟く。
云い返される前に続けた。
「ユウ、友達俺しか居ないのに」
何だソレ、とむっとした声だけが耳に届く。
視界がぼやける。ぽたぽたと手の甲に涙が落ちる。
「・・・だから、何で泣くんだ」
と云われるから、ずずずとベッドからずり落ちて、神田の横に座り込む。
「俺、お前も、俺も置いて、独りになるんだ。・・・俺もいつか居なくなる」
肩口を掴んで引き寄せられる。神田の体温は思っていたよりも高い。頭ごと抱えられる形でぎゅううと抱き締められる。
「居なくなりはしねぇだろ、死ななけりゃ居るモンは居るだろ」
堪えきれずに嗚咽が漏れる。
「居ても居なくなるんだ。エクソシストの俺は直ぐに居なくなる、そんで、俺、もいつか居なくなって、ブックマンってだけにな、る・・・」
ずず、と鼻をすする。涙が熱い。吐く息も熱い。
「ずっとそうだった、・・・何処に行ってもすぐに馴染めるけど、それなりに楽しいけど、いつも違うって、誰と居ても・・っく、透明の壁の向こうみたいなんさ・・・笑ってても、俺は、俺、っつ・・・いつもいつも違うって。眺めてて、混じらないで、眺めてて、ここで・・・どこでも、生きて死んでいく奴らの事を記憶しておく・・・みたいな・・とこっ、あって・・・自分は居ないみたいな気になって・・・っ！だから、はじめから全部、眺めて、て・・・そういうふうにしか、生きていけないように思・・・た、それしか、ないって・・・それでも・・・見てたいって！！」
「聞こえました？」
「ああ、一言一句洩らさずにな」
ごった返す部屋の影から姿を現した。
コムイが激しく噴出すので、
「云うに事欠いて”パンダジジィ”とはな・・・」
こめかみを押さえる仕草をしてみせる。
「まぁ、ゼントユウボウ、ですね。よく見てますよ、ぷ、あはははは！」
「ふ、重すぎる自覚はありそうだ、何ゆえあんな風にブックマンに固執するかはやがて解ってくるだろう。・・・場合によっては、例外措置として解任のことも、検討はしておく」
「・・・たぶん、辞めたいとは云わないですよ。ラビは。ただね」
「ただ？」
「あの子は多くの他人に無関心なくせに、人間総体は、たぶん、すごく好きなんだと思う」
きっぱりと云った。
「全てをデータとしては、割り切れないかも知れない」
「ああ・・・」
「苦労しますよ、ブックマン」
「それはこのままエクソシストとして育てていっても苦労は苦労だろうよ。・・・まぁ、そうだな。ハマらぬように、してもらわねばな」
「だから・・・だ、だからっ・・・俺、ユウを置いていく・・・置いてかなきゃいけないさ。感情は、ブックマンに・・・心は、いらな、いんさ・・・ーっく、う、・・・ぐ、ごめんな、ごめ・・・な、ごめん・・・」
涙も、言葉も溢れたら止まらなくなった。
「公平」たろうとすれば、それは「孤独」で。
「傍観者」たろうとすれば、それは「無情」で。
それでも行き交う人の、この戦場で生きて死んで、その死んだ事も家族にさえ知らされないような、者たちのことを覚えていたい。記録していたい。それが公にはならなくても、せめて。
自分が通り過ぎる全てを覚えておきたい。
自分自身はいなくなっても。
もとより、人と居ても寂しくなり、自分が居なくなったような気持ちにすらなるのだから、定住せず、固執せず、生きて行けたら。
「逃げるなよ」
考えを見破られたように声が突き刺さる。
「置いていっていい、それが仕事なんだから、それでいい。でも逃げるなよ、誰が死のうと記録するんだろ！？俺でも」
ばっと顔を上げる。
ギラギラした、真っ黒い目と視線が合う。深い闇。闇が渦を巻いているような目。
その力強さに見とれていると、キスをされる。
目が近くになりすぎて焦点が合わなくなる。それでも噴出しそうな黒い闇がのたうっているのが解る。
片手で首を撫でられて、もう片手はシャツの中に入れられる。不器用にまさぐる手は荒っぽいだけだったが、暖かくて、確かで。
「名前がなくなっても、お前はお前だ。心はあっても、傍観できればいいんだろう。じゃあそうなれよ」
「ユウは強引さ」
ぐしゃぐしゃになった顔で笑う。今度はラビがキスをする。
「ぶつかる壁があるんだって、ぶつかれるって、知ったさ。壊せなくても、触れるって」
確かめるように触れ合う。
それが性的なものに置き換えが容易かったから、そうなっただけなような気もした。深く考えなかった。別に特別な事なんかじゃない。
それでも、同性という事など差し引いても、この２人には特別だった。何も変わらないけれど、必要な事だった。
ＮＥＸＴ
長くなりました・・・何時間書いてたんだろう・・・。
乙女な展開に自分で困惑しました。ひどいわ・・・。でも何故、ラビがあんあにブックマンという仕事に固執するのか、考えたたら、こうなったわけで・・・。
なんか云いたいことは荒削り勢いだけの言葉足らずながらも、書けたかな、と思います。
次で完結になると思います。
その後の２人から今の２人、って感じで。
思ったより難産な出遭い編神ラビ。
ＢＧＭ：Ｓａｌｙｕ『landmark』
