人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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最近、夢見が妙。
小さな生き物がお年頃になっていて、10代半ばくらいで子どもができてしまい、どうしようかと恋人とともに相談しに来た夢を見た。週数を聞いて、そりゃすぐに相手方の親御さんと今後を話し合わにゃあと、最初は本人たちの口から? それとも電話? 手紙? と悩んでいた。
私の頭、大丈夫なんでしょうか? だいぶ仕事に感化されているプライベートタイムでございます。
最近、夫と離婚して、小さな生き物は夫に引き取ってもらって、一人身になる夢を見た。あくまでも夢の話しで、そんな話は現実でされているわけではないのだが。
小さな生き物はちゃんとご飯食べてるかしらと考えながらひとり、テレビを見ながら食事をして、お風呂に入り、お母さんはあなたを捨てたわけではないの、あなたを愛しているけれどもあなたを手放すという選択をしたの、と小さな生き物への思いをはせていたり。
私が引き取るという選択は、何故なかったんだろう?
2006年12月23日(土) |
あくまで夢の出来事だったらどんなにいいか |
14歳の母…ね。
ドラマ『14歳の母』が終了。第1回目と最終回だけ見たのだが、感想としては美しい物語ですね、で終わり。それ以上何を語れるか。本当に、10代前半で妊娠して母になる子も父になる子もいるのだ。それに支援をしている者に感想を求めるだけ野暮だ。
で、生まれた子は障害ないまま育つの? リスク高かったから危険だよね。それに、これから働くだなんて社会の何を知ってるんじゃいというような父になったその男の子、本当に『父親』になれんの? 誰がそいつを教育するん? だって、あのお母さんの育児、どうよ? 育児された経験があれじゃ、彼の価値観は危ういね
なんて具体的に考えて、嫌になってしまった。仕事の延長か。 視聴率もよかったみたいで、「性の話を親子でするきっかけになった」…なんてすごい意見まで出てて、びっくり。ああいうんでもなければできないような家庭の教育って、どこまでどうなんですか? とぐるぐるする頭で問いかけたい。
私が中学生のときは、隣にいる友人が妊娠するだなんて話、絵空事だと思っていた。我が家の小さな生き物が中高生になることには、どんな世の中になっているのだろう?
2006年12月22日(金) |
心の鍵をこじ開けられて |
もう、その問題は解決したと思っていたのだ。
家庭支援に関する研修に行き、忙しさに甘えて蓋をして鍵をかけていた感情が、一気に噴出した。就職してから経験した、他人の感情を丸ごと受け止めるだけという支援の、数々の負担。助言する隙もなく、隙がないというよりも聞いている最中に今は助言をしちゃいけないと私の頭の中でささやく声が出、それじゃあと聞くだけ聞いて…そのしんどさ。提出記録に書き出しても、同僚に話しても、それだけれは足りない、吐き出したいもやもやした気持ち。だけど、吐き出す場がないままに月日は流れ、数年経ってしまっていた。それが、今になって、心のうちに、浮上。研修の内容に、見事触発された。
聞くだけの支援が、しんどかったんだ、と理解。最初の感情の吸いだしをした後、地区担当につなげる。大事な仕事だったと、分かっている。だけど。
専門家だって、人間なのだ。
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