職業婦人通信
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2007年07月30日(月) 泡沫たち

今回の選挙、
インディーズ候補(@大川総裁)的には
大変面白かった。

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東京は特にインディーズ率が高くて
楽しい選挙であったが

個人的に注目していたのは
もはや超有名人となった唯一神のマタヨシさんはもちろん、
フリーウェイクラブの和合さん、
ポスターをめったに見られないレアキャラの沢田さんや新井さん、
髪型がね・・・のマック赤坂さんあたりの最下位争いであり、

見事最下位の栄冠を勝ち取ったのは
千代子の予想を裏切り、フリーウェイクラブの和合さんであった。
唯一神の連続最下位記録を打ち破るとは、
さすがに和合さん、ポスターのド迫力が投票を寄せつけなかったか。

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古豪のドクター中松は最近、
見所が少なくなってきて寂しいが
ドクターは今回、選挙ソングがかなりのインパクトだったのが
特筆に価した。あれは当分、頭から離れそうにない。

♪投票〜しよう〜♪ドクター・な・か・ま・つ〜♪


2007年07月24日(火) フォローは無用

私の祖父母はすでに全員、この世にないのだが
ダンナ君にはまだ、おばあ様がこの世に健在である。

現在、そのおばあ様が田舎から上京し
ダンナ君の実家に短期滞在中。

先週末、私はダンナ君とともに
おばあ様を囲んでの食事会に招かれた・・・。

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おばあ様はすでに87歳。
足腰はそこそこ、お元気なようだが

聞いたことや、会った人の名前、
食事をしたかどうか、などの記憶関係が
どうも定かでなくなってしまうことが多い。

だから、田舎にいる間も
一日に何度もダンナ君の実家に電話をかけてきては
何度も同じ話を繰り返す、という状況。

でも、何度同じ話をされても、
ちょっとぐらい間違えた記憶があったとしても、
なんだかかわいくて許せてしまう、
そんなおばあ様なのであった。

さて、食事会。
おばあ様は大変にご機嫌うるわしく、
時間は和やかに過ぎていった。

話題は主に
おばあ様の記憶が確かな、昔々の話
(マゴたちが小さいころの旅行の話とか)で、
おばあ様は記憶をなつかしみつつ
同じ話を何度もしていたが
誰もが笑顔でうんうんとそれを聞いていた。

食事会の途中で
話が私のハラの子供のことに及ぶや、
おばあ様の関心が私に移ったらしく

おばあ様は感に堪えない顔つきで
「○○(ダンナ)君、本当にええお嫁さん(私のことだ)もろうて、よかったなぁ〜」
と言ってくれた。

とても嬉しかった。

が、おばあ様は次にこう言った。
「こんだけ骨太のしっかりした体のおヨメは、そう探してもおらん、ホントに○○(ダンナ)君はええお嫁さんもろうてなぁ〜」


骨太・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しっかりした体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


でも、とにかく憎めない人なのだ。
悪意があって言っているのではないのもよくわかっている。
身長が140センチ台のおばあ様にとって、170センチ近く、妊娠5ヶ月で腹も出てきた私は
きっと巨人に見えているのだろう。仕方のない話である。
だから、私も笑顔で「ありがとうございます、えへへへへ」と、素直に言えた。

そしておばあ様はその話を繰り返し、繰り返し、言ってくれた。
何度もマゴのヨメを褒め、褒める理由は主に「骨太」であった。
私も何度も笑顔でそれに礼を言った。

ところが。

居たたまれない思いをしていたらしいダンナ君一家が口々に

「おばあちゃんには悪気はないんだけど口が悪くてごめんなさい」だの
「おばあちゃんは、千代子さんが太ってるっていう意味で言ってるんじゃないのよ」だの
「お兄ちゃん(ダンナ君のこと)が背が低いし華奢だから・・・」だのと

半笑いをしながら、まったくわけのわからない
フォローともつかないフォローをしだしたので

そっちの方が100万倍ツラかった。

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本人が
「気にしてません、いいんですよ」って笑顔で言ってんのに
わけのわからないフォローをしつこく重ねられると
かえって傷つくものだ。

そして、全員華奢なダンナ君一家が
「たしかに千代子さんは骨太だから、フォローのしようもないんだけどね・・・」みたいな半笑いをしてるのが
一層ツラい。

それに、たしかにうちのダンナ君は
男性にしては背が高いほうじゃないし華奢だが、だからって
「その分ヨメが背が高くてガッチリ体型でバランス取れてヨカッタ」と言われても
そんなもん、まったくフォローになってないし、ダンナ君だって立場ないし、
大体そんなこと言われて嬉しいヨメなどいるだろうか。
余計ツラいんだよー。

おばあ様のストレートな発言を
皆さんが普通に笑ってくれればそれで済んだのに

無用なフォローをされたばかりに、なんだか余計にしょんぼりしつつ
家路についた千代子であった・・・。


2007年07月13日(金) 猛スピードで母は 後編

【ここまでのお話】

母の私に対する過保護、そして過干渉は
結婚を期に、多少収まったかに見えたが
あっさりと妊娠をきっかけに復活。

その気持ちだけは有難いものの
言うことを聞いてばかりいたらこっちが死んでしまうので
母との距離を置いていた千代子であったが・・・

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母の言うことの中で最も困るのは
食べ物についての戒めであった。

香辛料
アルコール分(の入ったもの)
着色料、保存料
中国産
輸入肉・魚
生もの(刺身とか)

牛乳
カフェイン含有飲料(←これが意外とツラい)

といった、実に様々なものが制約対象となっていたのである。

もちろんその全てを摂取せずにいれば
安全性はバッチリなんだろうが・・・

実際問題としては
働きながら、そんなに食に気を使っていられないというのが
本音のところであった。

時には付き合いや接待で外食もしなけりゃならないし、
残業で遅くなればデパ地下やスーパーで惣菜を買って済ませることも多々ある。
その都度母に言われたとおりにしていたら
何も食べられない。

「母の言うことは努力目標ということで」ということにして
毎日かかってくる電話(ちゃんと母の言うとおりにして暮らしているかどうかのチェック)には
曖昧な返事をかましつつ
日々の暮らしを送っていたのであるが

そんな先月、療養中の義父がなくなった。

通夜・告別式には実家の両親も出席し、
喪服だなんだとバタバタ慌てる娘を何かとサポートしてくれたのであった。
ありがたや。

色々とあった通夜・告別式も無事終わり、
斎場から帰ってきた遺族たちは
やっと一息ついて食事をとることができた。

目の前には仕出しの寿司がどどーんと。

「生もの」は母の、数ある禁止事項の中でもかなりの上位にランクされていた食物であり、
妊婦友達も、マグロには水銀が入っててよくないって言っていた。
これまで私も、いちおう、寿司屋に足を踏み入れないようにしていたのである。

が、大好きな寿司を目の前に置かれ、
それを食べずにいるのは正直、かなりツラい。

しかも、今朝からほとんど何も口にしていないので
めちゃくちゃにお腹が減っている。

近くに母がいないかを慎重に確認すると
母はまだ、遠くのほうで別の親族と挨拶しているところであり
それを娘が食べようとしていることには
まだ気づいていない様子。

大チャーーーーーーーンス!!

本来ならば
長男&喪主のヨメでもある私は
最後に箸をつけるべきだ、と重々承知していたのだが

他の親族に取り分けるフリをして
自分の分をしっかりキープし、
今こそ食べなんとした、その瞬間に

ふと気づけば
母が背後に立っていた。

さっきは遠くにいたはずなのに、いつ来たんだよ・・・
すごいスピードだ母ちゃん・・・。

母は、他の親族の手前、笑顔を見せつつも
娘だけにはわかる般若の形相で

「アンタ、まさか生モノ食べる気じゃないでしょうね」

と、囁くのであった。

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こうして私は
せっかくの寿司をほぼ食べそびれ

唯一、母に特別に許された
玉子の寿司だけをモグモグと2貫、口に入れたところで
「それ以上は食べすぎ」と、制止されたのであった。

母の制止を振り切って寿司を食べることだって
もちろん可能ではあったが
他の親族の手前、実母とモメているところ(しかも寿司をめぐって)
など、やはり、ヨメとしては見せるべきではなかろう。

私は血を吐くような思いで、
寿司を見送ったのであった・・・無念・・・


2007年07月11日(水) 猛スピードで母は 前編

妊娠5ヶ月に入った。

つわりも終わって気分晴れ晴れ、毎日食欲モリモリである。

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実家の母は
怖ろしいほどの心配性。

彼女の心配性を示すエピソードとして代表的なのは

【小学校/遠足】
遠足で遊覧船に乗る、と知った母は
小学校2年生の娘に前夜
「船には浮き輪が備え付けてあるはずだ、浮き輪のそばを離れるな」と厳命。

その4年後、修学旅行の前夜にも母は
「宿泊旅館の避難経路を確認してから寝ろ」としつこく厳命していた。

【中学校/弁当】
塾の夏期講習に、母手作りの弁当持参で通っていた私。
昼前、塾講師に「お母さんから電話だよ、なんか緊急の用らしい」と呼び出され
家族にもしや異変が・・・?と駆けつけると
「お弁当に入れたコロッケがもしかすると傷んでいるかもしれないから食うな」とのこと。
不安になって電話したらしい。

【高校/春スキー】
高校主催のスキー教室に参加表明したところ
「春は雪崩が発生しやすいからやめろ」と強硬に反対される。
これを振り切って出発しようとする娘に母は
「もし雪崩が来たら、雪崩と一緒に滑っていけば助かる」と、百回くらい指南。
ちなみに、娘はその日が初スキー。「雪崩と一緒に滑っていく」技術力などないことは
火を見るより明らかであった。

・・・という具合に、ちょっと思い出しただけでも羅列に暇がないが
その過剰な心配性&過保護ぶりに、子供の頃から私は辟易していた。

社会人になってからも、母の過保護と過干渉は続いたが、
家を出て外で暮らし始めたことで少しトーンダウンし、
結婚したところでやっと落ち着いたかに見えたのであった。

が、まだまだ彼女のパワーは衰えたわけではなかった。

私が妊娠した、と知るや

_饉劼麓めれ(理由:通勤や労働で流産するかもしれないから)
雨の日は外に出るな(理由:滑って転んだら大変だから)

といった、
到底実行不可能な「妊婦のリスク回避策」シリーズを提案してきた。

さらに
3蠅蟷澆瓩里弔い新い鰺け
こ段は危ないからエレベーターを使え
などの「それは妊婦へのアドバイスではなく老婆に対するアドバイスでは」シリーズ、

ゼ鬚楼魔の飲み物
Ε魁璽蕕皸魔の飲み物
Д侫 璽好肇奸璽匹倭瓦動魔の食べ物
╂犬發里録うな
牛乳飲むな(アレルギーになる、とテレビかなんかで見たらしい)
卵食うな(理由は同上)
カレー食うな(香辛料がよろしくないのと、赤子が黄色くなる・・・から?らしい)
コーヒー・紅茶・茶厳禁(カフェイン含有飲料だから)
中国からの輸入品食うな(最近何かと心配だから、とのこと。論拠は不明)

などの「食うな飲むな」シリーズなど、
様々に形を変えて、母からのダメだしは続いている。

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当然、煙草も酒もやめているし、
それだけで本人的には結構しんどいのであるが

母の言うとおりにしていると
何も食べられず、何も飲めず、外出できず・・・と、
はっきり言って何もできないので

コーヒーや卵は量をセーブする、とか
激しい運動は避ける、とか
ある程度気を使いつつも、全面的に母の言うとおりには
していない私であった。

とはいえ、たまに実家に帰ると
家族は全員コーヒーを飲んでいるのに私だけ麦茶(←カフェインなし)、
食事は私だけ別メニュー(母が認可した食材のみを使用)
など、全面的に母の支配下に置かれ

しまいには「胎教に悪い」という理由で
「ガキの使い」を見せてもらえずモーツァルトのCDを聴かされる始末。

正直、母の干渉に疲れを隠せない私は
ひたすら実家を回避する作戦に出ていたのであった・・・


2007年07月03日(火) さようなら、お義父様

ミートホープ、という会社名を
ずっと「ミートポーク」だと思っていた。

豚肉を愛しすぎた故の過ちだと思います。

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義父が亡くなった。

家の中でも外でも偉い人で、
めちゃくちゃに頭が良い、いわゆるエリートで、
迷いのない独断専行の人、
それが義父であった。

ダンナ君の家は
義父の在生中、
完全に専制君主制のもとにあり、

義父はめったに笑わず、
家でもジャケットを着てしまうような、
そりゃもう、見るからに厳格な人であったため

初めて会った時には
手の中のティーカップが
カタカタとソーサーの上で音を鳴らすほどに緊張したのを
今でもよく覚えているわけであります。

でも、

2年前、結婚の挨拶に行った時に義父は
とっておきのワインを空けて
私のような馬の骨をヨメとして許してくれ、

ダンナ君の実家へ行くたびに
酒がまったく飲めない息子の代打として
美味いワインや日本酒を振舞ってくれたものである。

そして、
意外にもドラえもん好きだったりとか、
なぜか毎週「恋のから騒ぎ」だけはちゃんと見てたりとか、
いつしか、カワイイところもある義父と
普通に話せるようになってきた矢先に、
がん発覚。

独断専行の人は、
動揺を家族に見せることもなく、
誰に相談することもなく、在宅での死を選び

この半年、入院や手術の類をほぼ行わず家で過ごし、
最愛の家族に看取られて静かな最期を迎えたのであった。

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義父に初孫を抱かせることはできなかった。

それはとてもとても残念なことだったが

「子供ができたよ」と、ダンナ君が生前の義父に告げた時
初めて義父が見せた涙のことを
私は一生、忘れることはないだろう。



お義父様、
私、きっと元気な初孫を産んでみせますんで、
そっちで見ててください。

そして、だいぶ先になるかもしれないけど、そっちに行ったら、
また、美味しいワインをご相伴させてください。楽しみにしています!


千代子 |MAIL
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