外国為替証拠金取引
JIROの独断的日記
DiaryINDEX|past|will


2008年06月17日(火) 「慎重にも慎重な検討を加えた」死刑執行に鳩山法相←死刑判決が確定したら6ヶ月以内に執行しなければならない(刑事訴訟法第475条)

◆記事:「慎重にも慎重な検討を加えた」死刑執行に鳩山法相(6月17日12時27分配信 読売新聞)

鳩山法相は17日午前11時から、法務省19階で記者会見し、「慎重にも慎重な検討を加え、数日前に私が死刑執行の命令を下した」と、緊張した表情で述べた。

宮崎死刑囚の弁護人は、再度の精神鑑定と刑の執行停止を求める書面を法務省に提出していたが、

鳩山法相は「再審が必要だという具体的な理由が主張されているわけでもなく、裁判でも完全な責任能力が認められている。慎重に調べて執行した」と説明した。

2か月間隔の執行については「特に時期を選んでいるわけではない。正義の実現のために粛々と執行している」と強調。

宮崎死刑囚らを執行した理由を問われると「妙な言い方だが、自信と責任を持って執行できるという人を選んだ」と答えた。


◆コメント:別に法務大臣が慎重になったり、緊張した表情になる必要は無い。

随分いい加減な面も露呈しているが、一応わが国は法治国家であり、司法権は独立している。

近代刑法の原則のひとつは「罪刑法定主義」である。

つまり、どういう行為が違法行為か、またそれに対する刑罰は何か、は予め、

「刑法」という名前の法律(五月蠅いことを書くと「広義の刑法」という概念もあるが煩雑になるので省く)で、定められている。

刑法第199条にはこう書いてある。

人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

宮��勤元被告人は最高裁まで争うつもりだったが、上告を棄却され、2006年2月2日、死刑判決が確定している。

正規の法手続に則って裁判を行い、司法が、死刑判決を下したのであるから、法相の仕事は刑事訴訟法の規定にのっとって、ハンコを捺すだけである。

本当は、死刑判決確定から2年以上も執行しないのは、刑事訴訟法に反している。

刑事訴訟法第475条の文言は次の通り。
第一項 死刑の執行は、法務大臣の命令による。

第二項 前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

宮��勤の死刑執行に関して、
判決確定からわずか2年のスピード執行

と書いているメディアがあったが、少しは勉強しなさいよ。本当は半年以内に執行しなければいけない。

その刑訴の条文は変更されていない。繰り返すが、司法は宮崎勤は死刑だ、と判決を下し、その判決は確定している。

法相が慎重な検討を加えることはない。慎重な検討を加えると、裁判所の死刑判決がひっくりかえることでもあるのか?

死刑を決めるのは裁判所である。法相はその執行を任されているだけである。

今日の執行が遅すぎたのである。


◆記事2:手記で「絞首刑は残虐」=薬使用を訴え−宮崎死刑囚(6月17日13時0分配信 時事通信)

宮崎勤死刑囚は確定後の2006年6月、月刊誌に手記を発表。絞首刑の残虐性を唱え、「薬使用死刑執行の方法にしなければいけないのである」と主張していた。

手記は母親らを通じて月刊「創」に送った同年5月2日付と16日付の手紙で、同年7月号に掲載された。

宮崎死刑囚はその中で、「死刑制度と無期刑制度はともに残虐な刑罰なのであるのだ」と主張した。

絞首刑については、「踏み板(床板)がはずれて下に落下している最中は、恐怖のどんぞこにおとしいれされるのである(人権の軽視になってしまいます)」と記載。

「死刑確定囚は、職員から『きょう、あなたの刑(死刑)が執行されますよ』と告げられてから、恐怖を抱く、という残虐なめにあわせられるのである」と続けた。


◆コメント:宮崎、お前なあ。一気に殺して貰えただけでも有りがたいと思えよ。

インターネットでは、今日、宮��勤の死刑執行に関して書いている人が多いが、20年も前の事件だ。世間を震撼させたあの事件の不気味さを、

若い人は知らないだろう。

とにかく、行為の残虐さが、小児性愛とかなんとかを通り越して、悪魔の所業である。

幼女を誘拐し、殺し、わいせつ行為をして、死体をバラバラにして、死体の一部を幼女の家族の元に送りつけた男である。

これ以上は、書くと吐き気がするので、ウィキペディアの東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を読んでいただきたい

(但し、注意書きに、「この項目には暴力的または猟奇的な記述・表現が含まれている可能性があります。不快に感じる方は閲覧をご遠慮ください。」とあるのでそのつもりで)。

実は、本当の所はウィキペディアでも分からない。当時から週刊誌は今と同じように、絶好の「ネタ」としてこの事件を取りあげたが、

犯行の本当にひどいところは残酷すぎて、週刊誌ですら、文字に出来なかったと言われている。全貌を知る人は限られているのだ。

それだけのことをしておきながら、死刑制度が残酷だとか、絞首刑が残酷だとかほざく宮崎勤はやはり死刑しかあり得ない。

今日の他の2名を含む合計3名の死刑執行に対して、亀井静香が会長を務める「死刑廃止を推進する議員連盟」は法相あてに抗議したそうだが、

どうしても、その意図が分からない。


大学で刑法を習うと、「刑罰の正当性の根拠」ということを習う。

人が人を罰することが出来るのは何故か。本来、非常に倫理学的な深遠な問題であり、答えなど簡単に出ない。

しかし、大学の先生たちはそうも言えないので、一応、仮の答えを持っている。それは、

1.教育刑説:刑罰の目的は、犯人が社会復帰出来るための教育なのだ。とする説。

2.応報刑説:刑罰の本質は、社会の犯人に対する、報復。犯人の立場で言えば、贖罪なのだ、とする説。

すぐに分かるだろうが、教育刑論(説)の立場からは、死刑を執行したら更正させることは、永遠に不可能になる。

単純に考えれば(他の言い分もあるのだろうが)だから、彼らは死刑に反対するのだろう。


だが、宮崎勤が、幼い子供に対して行った、身の毛もよだつような行為を知ると、更正させるに値しない人間がいる、と私は思う。

こういうのは、生物として出来損ないなのである。

さらに、ひどいことを書くならば、こういう生き物は生かしておいては、危険なのだ。

性的嗜好はいくら矯正しようとしても出来ず、性犯罪者の再犯率は高い

この種の人間を死刑にすることは、危険物を除去する行為の一種である。その危険物がたまたま有機体だったというだけだ。

【読者の皆様にお願い】

是非、エンピツの投票ボタンをクリックして下さい。皆さまの投票の多さが、次の執筆の原動力になります。画面の右下にボタンがあります。よろしく御願いいたします。


2007年06月17日(日) 今週、ようやく「故郷」(といっても隣の区)に帰れます。/「故郷」演奏(歌)を追加しました
2006年06月17日(土) 昨日、岩城さんの番組を見ました。もっと長生きして何度でも聴かせて欲しかった。
2005年06月17日(金) <国会延長>自民、公明両党の賛成多数で可決←それどころじゃ、ないだろう?
2004年06月17日(木) 「北朝鮮、心臓専門病院を準備=韓国にノウハウ打診−情報当局が関心」この意味、わかりますね?長くないぜ。
2003年06月17日(火) 人々があまりにも不親切、無愛想。これは東京だけの現象なのだろうか。

JIRO |MAIL |HomePage

My追加