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JIROの独断的日記
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2005年09月27日(火) 後藤田氏について、書き足りないので、また書く。

◆Yahoo!検索ランキング4位に「後藤田正晴」

 

 私は、一種の情報収集活動を生業(なりわい)としている。

 というと、何か諜報機関か公安か、と思われそうだが、それは言えません。

 そうかもしれないし、そうでないかも知れない。

 それはどうでもいい。

 いずれにせよ、情報収集といっても、なにもスパイ映画のようなことをするのではない。

 どこの国の情報機関も同じだが、情報源は殆どが、オープン・インフォメーション、つまり、誰でも手に入れることが出来る、一般に公開された情報なのだ。

 ただ、商売だから、普通の人が無視してしまうような記事から、貴重なヒントを得たり、新聞だったら記事よりも写真の方が雄弁に事実を物語っていることもある。

 目の付け所が違う。別の云い方をすれば、独特の「嗅覚」が求められる。



 それはともかく、何を書きたいかというと、私が今日驚いたのは、Yahoo!検索ランキングをチェックしていたところ、

 確か、午前11時30分頃だったと思うが、検索キーワードの4位が「後藤田」になっていたことである。失礼ながら、長老政治家が亡くなっても検索上位に来たことは、ほとんど無いのである。

 人々の関心の高さを、端的に表している。


◆「これほど惜しまれた死は珍しい」(岩見隆夫氏 毎日新聞特別顧問)

 

 岩見氏はよくテレビに出ているからご存じの方も多いと思う。

 失礼ながら一見、クセのある人物に見えるけれども、主張は非常にバランスが取れていて、合理的だ。

 毎日新聞に毎週土曜、岩見隆夫の「近聞遠見」というコラムを書いている。

 同時に、日曜の朝6時からTBSで放送される(従って、あまり見ている人はいない)時事放談という番組に出ているので、

 後藤田さんと一緒に出演した事がたびたびあった。

 というか、旧知の仲なのだ。現場の政治記者だったころから、現役バリバリの後藤田さんをよく知っている。

 岩見氏が最新号で、「これほど惜しまれた死も珍しい」と書いている。同感である。

 ネット検索を観察し、或いはブログで、後藤田正晴氏逝去を真面目に取り上げているエントリーが多いのを見ると、それは、本当であることがよく分かる。

 信じられなかったら、ココログのホームページの右側にココログ全文検索の欄があるから、

「後藤田正晴」と入れてサーチしてご覧なさい。あまりにも沢山のブログがヒットすることに驚くだろう。


◆後藤田さんに関して、非常に詳細かつ簡潔にまとめた方がおられる。

 

 このサイトは大変にありがたい。

 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/3429/ijin/gotouda.htmlである。

 後藤田さんに関する、極めて詳細かつ簡潔な資料である。


◆後藤田さんの最後の言葉は、「時事放談」8月21日放送分にもかなり詳しく載っている。

 

 私は、9月23日に後藤田さんの言葉を引用したが、それは、この時事放談の発言から抜粋したのである。

 迂闊だったが、時事放談のWebサイトには、過去の出演者達の発言の要旨が記録されている。

 後藤田さんの最期の出演での発言は8月21日分に記録されている。

長くなるが引用する。
 

 ― 今回の解散は?

後藤田 :「僕は無理があったんではないかと思いますね。参議院で法律案が否決になったんですよね、

その時に重要な法案であれば、院内の手続きとして両院協議会でどう扱うかを決めてそして場合によれば衆議院で再審議という事ですね。

だけどもあの状況じゃ時間的にも、また票数も否決になる事は確実ですよね。

しかし、やはり民主主義というのは手続きが一番大事なんですよね。ならば、院内の手続きを踏んだ上で解散というのが当然ではないのかな。私は手続きが粗雑すぎるのではないかと思うんですよね。

それから、もう一点はやはりこの法律案が否決だったんですね、ところがその法律案を解散後は郵政法案の闘いの選挙だとおっしゃる。

代議制民主主義というのは憲法改正の様に国民投票にかけるなら、憲法で決まっていますから良いですけどね。

やはり、代議制の場合、立法府で通らなかった法律案を実質的に国民投票にかけるのと同じような手続きになりつつあるんですね。

これは私は代議制の上から見ても少し行きすぎではないのかな。

3番目は、非公認。私は、これは当然だと思います。37名の反対派は…。

しかし、それへの立て方が、少し無理ではないのか強引すぎますよと、見方によれば極悪非道なやり方ではないのか。

国民というのは感情で動くわけですから、あんまり強引な事をやるとしっぺ返しを受けると…。

そこらはやはりお考えにならないかんのではないかなと。

まぁ、こういった事を色々考えましてね、政治は厳しい闘いですから、こういう成り行きもある意味においてはやむおえんなと思いながらも、

もう少し情味のあるやり方というものでやらんといかんのはないかなぁと、こんな気がしますね」

― 政界再編は?

後藤田 :「いや、再編よりも、自由民主党というものは、あまり非情な政治はやってもらいたくない。

それから、民主党に対しては野党第一党というものはどういうものだと、自由民主党とあなたどこが違うんですかと、そこをはっきりしてもらいたい。

あるいは、公明党に対しては、やはり福祉と平和の立党の精神、これをいつまでも守ってもらいたい。

あとは共産党と社民党ですね。共産党はマルクス主義はやめて当面は共産党という党名を改めて日本の政治の中で、

社民党と一緒になって、社会主義的な政党としての柱を一本立ててもらいたいと、こんな気がしますけど…」

― 『官』から『民』へについては

後藤田 :「今の『官』から『民』へという時に、私は是非言いたいのは、一体『官』が担当しなければならない境界点はどこまでで、

それから、利潤というものを美徳としておる『民』が引き受ける事が出来る限界はどこだと。

そこの分界線を明示しないままに、『官』から『民』へ、それは少し乱暴だと…。議論でもう少し定義をしてもらいたいと。

そうでないからこそ、現在イラクで何が起きてますか、軍事会社じゃないですか。

株式会社が大変な高い値段で戦の一部を引き受けてやっている戦いなんて、これは国の役割ですよ。

それが民間会社になっている、こんなべらぼうな話があるわけがない。

しかし、うっかりすると『官』から『民』へと何でも境界なしにいうことは、私は非常に危険性がある。

これはもう少し真剣に分界点を示して、ここまではこれは『民』に任していいではないかと、ここまでか『官』がやらなきゃいけないんだと…」


◆後藤田さんは「これは遺言だ」といっていたそうだ。

 

 岩見隆夫の「近聞遠見」の最新号を読んで、ギョッとした。

 詳細はリンク先(当分無くならないはずだ)をご参照いただきたいが、岩見氏によれば、

 

本番前の打ち合わせで、後藤田は

 「どうしても言っておかなければならないことがあるんだ。これは遺言だからな」 とつぶやいたという。

 スタッフは、おやっ、と思った。ひょっとすると、死期が近いことを予感しているのではないか。

 しかし、いつもどおりに後藤田はしゃきっとしていた。案ずることはあるまい。先日も

 「来年のことはわからんぞ」 と笑っていたぐらいだから。

 番組が始まり、司会者が 「選挙となると、現役のころを思い出して血が騒ぐ?」と問いかけると、後藤田は

 「騒がんさ。よくぞあんな修羅場におったもんだ。ぼくは(旧徳島全県区で)いつも同士打ち、しかも相手は総理大臣(三木武夫)だから」

 と軽く応じた。 しかし、本題に入ると、とたんに熱を帯び、眼光険しく、背筋がぐっと伸びる。


 ということだ。

 そして、その後、先ほど長々と引用した発言が始まるわけである。

 実際の放送ではもっと話しているはずだ。 



 ひょっとしたら、後藤田さんは本当に死期を悟っておられたのかも知れぬ。

 私の愛読するある日記の作者は、「後藤田氏は、第3次小泉内閣が発足する2日前に亡くなられたが、

 これは、後藤田氏が国民に警鐘を鳴らしたのだ。政治家としての「最期のカード」を、これ以上はない、 というタイミングで使われたのだ。

 自分のその思いは殆ど確信に近い」

 と書いておられた。 私は、これには、感銘を受けた。

 こういうことは、理屈ではない。人は自殺なら別だが、この世を去るタイミングを調整出来る者ではない。

 そんなことは、言われずとも承知している。

 しかし、後藤田さんのすさまじい、民主主義と平和への執念を思うと、この日記作者は、真理を洞察しているように、私には思えるのだ。


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