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JIROの独断的日記
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2002年12月03日(火) 「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。」(鬼平犯科帳)

今の世の中は、人間の思考もデジタルっぽくなっている。All or nothing、諾か否か。善か悪か。全て黒白をはっきりさせなければ気が済まない、ぎすぎすした世の中になっている。とかくに棲みにくい、人の世にうんざりしたときは、故・池波正太郎氏の「鬼平犯科帳」を読みたくなる。

池波さんは大正12年に東京の下町に生れ、小学校を出た後、早くも株屋で小僧として働き、戦争にも借り出され、戦後は東京都の職員をしながら、芝居の脚本を手がけ、やがて、時代小説を手がけ、直木賞まで受賞した人だ。多作の人だが私は何と言っても鬼平犯科帳が好きだ。

池波さん自身が苦労人なのだが、苦労人にしばしば見られる、ひがみとか、世の中を斜に見るところがない。一生懸命に仕事もしたし、いろいろ、悪い遊びもした。人生を味わい尽くしたような人だ。だから、自ずと作品にもなんともいえない、温かみがある。

「谷中いろは坂」という一遍で、主人公鬼平こと長谷川平蔵がポツリと呟くセリフがある。

「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ・・・」

長谷川平蔵は、火付盗賊改め方という、池波さんの説明を借りるならば、当時の機動捜査隊の長官である。犯罪者を捕まえるのが責務で、凶悪な盗賊には恐れられている存在なのだが、人間は善いか悪いか、単純に割り切れる存在ではない、奥が深いものなのだ、という思想をもっている。テレビの「水戸黄門」のような、単純極まりない勧善懲悪の時代小説ではない。「善人だって、悪いことはする。盗人ににも悲しい過去がある」ということを、納得させられてしまう。池波さん自身の人間観が見事に描かれていて、「鬼平」を読んだ後には、喜びと哀しみが混ざった、しみじみとした感覚が残る。

それが「こたえられない・・・・」(←池波さんのファンなら、にやりとするだろう)のである。

池波正太郎氏が亡くなったのは平成2年のことだった。
早いもので、もう、12年も経っているが、氏の作品の魅力は生き続ける。


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