懐かしのAmerican Top40 チャート&こめんと

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新譜が追悼盤に…、レーナード・スキナード
1978年01月07日(土)

01/01「愛はきらめきの中に」ビー・ジーズ
02/06「ベイビー・カム・バック」プレイヤー
03/03「ブルー・バイユー」リンダ・ロンシュタット
04/04「バック・イン・ラヴ・アゲイン」L.T.D.
05/08「愛のほほえみ」ドリー・パートン
06/02「恋するデビー」デビー・ブーン
07/10「スリップ・スライディン・アウェイ」ポール・サイモン
08/09「悲しい女」ボブ・ウェルチ
09/11「胸につのる想い」ロッド・スチュワート
10/15「ヘイ・ディニー」ショーン・キャシディ

11/14「永遠への航海」スティクス
12/12「ユー・キャント・ターン・ミー・オフ」ハイ・エナジー
13/18「伝説のチャンピオン」クィーン
14/19「浮気なスー」レイフ・ギャレット
15/05「イッツ・ソー・イージー」リンダ・ロンシュタット
16/07「瞳のささやき」クリスタル・ゲイル
17/20「ショート・ピープル」ランディ・ニューマン
18/28「素顔のままで」ビリー・ジョエル
19/24「太陽の戦士」アース、ウィンド&ファイア
20/27「ターン・トゥ・ストーン」エレクトリック・ライト・オーケストラ

21/23「アイ・ゴー・クレイジー」ポール・デイビス
22/22「マイ・ウェイ」エルビス・プレスリー
23/32「愛の面影」アンディ・ギブ
24/26「愛をささやくとき」ベイ・シティ・ローラーズ
25/40「ふれあい」ダン・ヒル
26/30「ダンス・ダンス・ダンス」シック
27/29「燃える想い」ダイアナ・ロス
28/39「ステイン・アライブ」ビー・ジーズ
29/35「愛しのデザレ」ニール・ダイアモンド
30/34「帰らざる航海」カンサス

31/33「悲しき願い」サンタ・エスメラルダ
32/13「愛の出発」ベイビーズ
33/36「ネイティブ・ニューヨーカー」オデッセイ
34/37「ガールズ・スクール」ポール・マッカートニー&ウイングス
35/16「みんな一人ぼっち」リタ・クーリッジ
36/17「スイングタウン」スティーヴ・ミラー・バンド
37/41「愛のエモーション」サマンサ・サング
38/52「ホワッツ・ユア・ネーム」レーナード・スキナード
39/43「ソウル・アンド・インスピレーション」ダニー&マリー・オズモンド
40/44「麗しのペグ」スティーリー・ダン


【ニューエントリーこめんと】

☆「愛のエモーション」サマンサ・サング
(Emotion / Samantha Sang)

>1951年オーストラリア出身のシンガー。本名シェリル・ロウ・サング。
10歳の頃から本国で歌手として活動していた彼女が、バリー&ロビンのギブ兄弟から提供を受けたソフトなR&B調ポップ・ナンバー。コーラスとしてバリー・ギブも参加しているのだが、どちらかといえばビー・ジーズとのデュエットに近い作りになってしまっているのはやむなしか。とはいえ最高位3位、そしてミリオン・セラーを獲得というビッグ・ヒットぶりには納得させられる出来ばえの一曲。RSOレーベルではないのが、逆に不思議に思える一発ヒット。

アルバム「愛のエモーション」(Emotions)に収録。

☆「ホワッツ・ユア・ネイム」レーナード・スキナード
(What's Your Name / Lynyrd Skynyrd)

>1966年フロリダ州で結成されたロック・バンド。
通算5枚目となるニューアルバムの発売3日後、飛行機事故にて主軸メンバーであるロニー・ヴァンザント(享年29)を含む3名ものメンバーを失い、バンド解散にまで至ってしまうという予期せぬ惨劇が発生。当時A.T.40とはまだ無縁だったワタシには、この事件が全国紙の三面記事トップに大きく報道されていたのを目前にしてもいまいちピンと来なかったのだが、姉が購読していた洋楽音楽誌「ミュージックライフ」でのアルバム広告を思い出し、読み返してみて“ああ!このバンドか!?”という次第。追悼盤としてシングルカットされたこの軽快なサザン・ロックは、77年12月3日付のB.B.誌Hot100に82位という低い位置にて初登場。以降5週目にトップ40入り、そして12週目と13週目に最高位13位をマーク。その後は43位→95位→圏外という、なんていうか突然の悲劇とシングルの売り上げは別物扱いってなチャート・アクションには、少なからずショックを受けましたなぁ。(若かったあの頃) とはいえ、洋楽初心者の当時のワタシには彼らのサザン・ロックを受け入れるには早過ぎたようで、シングル&アルバム共に興味が持てず、バンド名だけが心に刻まれたといいますか、ハイ…。で、40年近くの月日が流れた現在、後聴きとなった「スウィート・ホーム・アラバマ」(Sweet Home Alabama)や「フリー・バード」(Free Bird)に聴き惚れるようになったのは、格段の進化と呼ぶべきなのでしょうか?
なお、87年にロニーの実弟であるジョニーを中心にバンドは再結成され、現在も活動中のようだ。

アルバム「ストリート・サバイバーズ」(Street Survivors)に収録。

☆「ソウル・アンド・インスピレーション」ダニー&マリー・オズモンド
(You're My Soul And Inspiration / Donny & Marie Osmond)

>オズモンド兄妹の七男・ダニー・オズモンド(1957年ユタ州出身のシンガー・ソングライター兼ミュージシャン兼俳優。本名ダニエル・クラーク・オズモンド)と、紅一点の長女・マリー・オズモンド(1959年ユタ州出身のシンガー兼女優。本名オリーブ・マリー・オズモンド)とによるデュオ・ユニット。
オズモンズとしての活動とは別に74年に結成し、オールディーズのカバーをヒットさせていた彼らが、今回は66年ライチャス・ブラザーズのビッグ・ヒットをカバーしたものの、最高位38位という苦戦。良質なポップスに仕上がっているのだが、やはり“本家”同様飽きられてきたのかも。

アルバム"Winning Combination"に収録。

☆「麗しのペグ」スティーリー・ダン
(Peg / Steely Dan)

>1972年ニューヨーク州で結成されたジャズ・ロック・バンド。
洋楽初心者である当時のワタシにとっては、結構衝撃を受けたナンバー。この日本の邦・洋楽チャートを追っかけていては決して巡り会えそうもないタイプのメロディには当初戸惑いすら覚えたのだが、どこか惹き付けられる魅力も兼ね備えており、シングル盤を購入してまでその独特のサウンドが持つ魔力(?)を探ろうとしてみたのだが、なかなか答えは出ず仕舞い…。(とほほ) 最高位は11位。なお、未だにフュージョンやクロスオーバーといった音楽ジャンル用語を目や耳にすると、一番に思い浮かべるのがこの時期に提供してくれた彼らの楽曲かも?

アルバム「彩(エイジャ)」(Aja)に収録。



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