再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 劇団東演「酒場」演出の戯言

演出の戯言「現在の物語」

それはコロナ禍だけれど、某新宿の「居酒屋」で、プロデューサーでもあるY氏に分厚い本を手渡されて言われた。「これ、僕の青春小説なんです。」…題名は「居酒屋」作・エミール・ゾラ、自然主義小説の先駆け、文学のテーマに初めて労働者や下層階級を扱い、出版当時、その生活をあまりに凄惨に描いているとして批判の的になった話題作。…一体、どんな青春だったのだろうか…
そしてエミール・ゾラの「居酒屋」を舞台化することになった。舞台では民藝さんが40年ほど前に奈良岡朋子さん=ジェルヴェーズで演られている。時代と社会環境と遺伝的宿命が入り乱れる第二帝政期フランス版女の一生「生きていかなければ!」である。19世紀後半の約20年を占めるその時代、資本主義経済が社会に浸透し、労働者の貧困が既に大きな問題となっていた。機械化によって手職は蔑ろにされ、女性労働者に至っては一人では生きていけない程の低賃金に甘んじ、男に頼るか身を売るかを迫られる……。かの有名な「レ・ミゼラブル」の七月革命〜六月暴動から20年余り…つまり「革命と弾圧と死」の後から立ち上がってくる「無名の人たち」の物語でもあるのだ。
 最下層の庶民たちが、資本主義によって欲望のるつぼとなった花の都パリでどんな風に生きていったのか、その一癖も二癖もある人物たちを舞台上に生きる存在として表す。初絡みの作品としてはなかなかのハードル、事前ワークショップを重ねながら物語、世界を立ち上げさせてもらった。普段とは違うアプローチに最初混乱したモノづくりは、能動的なクリエーション(面白がりながら苦労する)へと変貌を遂げ、みな魅力的、どこか他人事だった19世紀パリの物語はいつか、現在の僕たちの物語となって問いかけてくる。

色んなものが豊かになった世の中だけれど、本質は何も変わっていない。
世界はまたも同じことを繰り返している。
大国の事情に翻弄されるのはいつも庶民だ。
考えることを止めてはいけない。

藤井ごう

追記:Y氏と「居酒屋」で「居酒屋」の話をしていると、どうしても赤提灯が頭から離れず、これは思い切って「酒場」とさせてもらった。作中、差別表現が多く出てきますが、時代性・受け取る社会の成熟を信じて原作ママとしました。ご承知おきください。


今後の予定―
○2023年12月15日〜20日・28日 エーシーオー沖縄「亀岩奇談」(原作:又吉栄喜)演出@ひめゆりピースホール(那覇)


2021年11月15日(月)
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