再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 A SECRET SOCIETY

かつて『15年後の思い出』という本を描いた。
『10年後の思い出』との、年齢の違うキャストでのダブルキャスト。まだ小劇場双六に乗っていた頃で、池袋シアターグリーンがリニューアルされるにあたり、オープニング3劇団に選ばれた時の演目だ。ふたチームあったのもあるけど、初めて集客1000人越えを果たした、思い出深い作品。でも僕の赤字もすごかった(笑)「A SCRET SOCIETY」は初演の時の原題。


『島口説』が創り上げるそばから延期やら中止に追い込まれていく中、ある作品はこのコロナ禍に無事にひとステージもそしてひと面子欠けることなくステージ終わり、15年かけてきた関係も終わった。思えば遠くへ来たものだし、この間に様々なことを一緒に挑戦させてもらったが、
最後は本当にオワコン扱い、
そして、何事もなかったかのような一旅の終わり方だった。関係者や逃げ回る御大からは連絡すら、ない。最近は、せめて大人なんだから、礼と筋は通そうよ、とだけ思っていました。だから最後までこれか、の思いが強烈にある。
コロナ禍、100ステージ越えて駆け抜けた現場には本当に大拍手だけれど。(もちろん、現場キャストスタッフとは強く「エアではない」握手(汗)を交わしました)

大義の為に足元を見ようとしない姿勢が、
トロッコ問題とよく似ている。
「ある人を助けるために他の人を犠牲にすることは許されるか?」というあれ。「5人を助けるために1人を殺すべき?」のあれだ。
とてもいい勉強をさせてもらっている。『正義』と『功利』と『承認欲求』と『自尊』によって、面倒は葬られる。「なかったこと」にされる。渦中においてここまで目の当たりにするとは思わなかったけれど、正にモリカケ問題を地でいき、自分に落ち度はないストーリーの生成にご熱心で、いつの間にか被害者みたいな顔までしている。その裏に本当に心を壊された人の列がどれほど続いているのだろう。それは大義のために許されていいことなのだろうか。もちろん、否だと私は思う。

ただ、大きく宿題を背負って羽ばたいた数人とちゃんと『なかったこと』にしないで話せたこと、が救いだ。

こんな終わり方は予測していませんでしたが、
それでも感謝しています。
今までお世話になりました。
随分と各所からどうしたの?と聞かれますが(私は何も言わずに来ました)、僕は何も悪い事はしていないので、「時間を置く」と通達を受けたので「損切り」に従ったまでで、円満に「話し合ったわけではない」ことを記しておきます。そんな都合のいいストーリーには乗れません。
この姿勢はいずれご自分に返ってくるでしょう。
合掌

ゴウ

本当にお世話になった方もたくさんいるので、最後の最後にこんなことを記さざるを得ない(ほんの数日で消しますがね、多分。)状況がつくられたこと、こちらも記さないと心の整理がつかない状況に追いやられたこと(何度も直接対話は求めていましたが)。反対だけして自分は表に出ないで何もわからない下の者任せにする非道、私は忘れません。

15年後の思い出の最後のト書きはこんな風だった
『何が書かれたことで、何があったことなのか、
それは誰にもわからない。
とにかく世界は闇に閉ざされたー』
まぁ、それも一つのエンドクレジットだろう。

コモリ   こっち、だよね。
ドイ    え?
コモリ   こっちだよ。
オオキ   なにが?
コモリ   あれだよ。ほら。
オオキ   あれ?
キスギ   あれって。
クミ    コモリ君?
ミサキ   コモリ?
 
と、皆部屋の奥、土嚢の後に入っていくコモリを追っていく。
ある一点を囲む八人。そこはコモリが最初に掘っていた所だ。
 
コモリ   ここだよ。
キスギ   …深いぞ。
 
誰も何も言わない。
どうやら雨が降り始めた。
一点を見つめる八人。
まばゆいばかりの光。閉じられた扉が不意に開いた。
 
とムラカミ、囲みからでるとその光の中を今開いた扉に向って歩いていく。              
出口に着き、振り返ると室内をニヤニヤと見渡し、スイッチを切った。
それは果たして現実に行われたことなのか、書かれた十五年後のことなのか…
とにかく世界は闇に閉ざされた―



これは過去に葬った、葬られた何か、の話だ。
 


2021年07月16日(金)
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