再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 『クテーラン人びと』劇評。沖縄タイムス掲載。

新基地対立 根底に沖縄愛
/劇「クテーラン人びと」
/ゲート前 複雑な感情描く

2019年4月12日朝刊芸能23面芸能
 新基地建設を巡り、米軍基地のゲート前に集う人々の心情を描いた劇「クテーラン人びと」(脚本・伊波雅子、演出・藤井ごう)が3月29〜31日、国立劇場おきなわで上演された。「辺野古」を題材に、現在進行形で変化する基地問題を、ゲート前に座り込む人、対峙(たいじ)する警察官それぞれの視点で切り取った。打たれてもへこたれず笑い飛ばす人々のやるせなさ、基地建設への複雑な感情をゲート前の日常や何げない会話を通して鮮明に伝えた。主催・エーシーオー沖縄。(学芸部・天久仁)



 沖縄の海辺の村が舞台。作品は米軍基地のゲート前で旧盆のウンケーを迎える人々の描写でスタートする。カマボコが好きな宮城(城間やよい)、初老の新吉(高宮城実人)、元高校教師の知念(吉村直)とその教え子のイズミ(古謝渚)、「カイヨーハク」と呼ばれる若者(島袋寛之)ら個性的なメンバーは世話好きで明るく、沖縄のどこにでもいそうな面々だ。

 人々は日々、ゲート前に座り込み、新基地建設に抗議の声を上げる。トラックの搬入に伴い、機動隊に排除される姿は実際の現場そのものの臨場感がある。

 場面の転換では一転、機動隊の側から見た視点に移り変わる。「トラックを入れて満足か」と問い掛ける元教師の知念に対して、教え子の機動隊員、キセ(島袋寛之・2役)は「今は立場が違うから」と言い放つ。ウチナーンチュ同士が黄色いテープを隔てて向かい合う場面は、断絶や分断の象徴として映される。

 カイヨーハクが大型台風の襲来で新基地建設の作業が止まるという夢を見る場面や、毎日ゲート前に通っていた宮城がある日「自分探しの旅に出る」と抗議行動をやめる姿は、一向に解決しない基地問題そのものを表しているようで痛々しい。

 一方、「新基地(しんきち)反対」のシュプレヒコールを聞いて心を痛める新吉のやりきれない表情や、警察官に取り囲まれたら「エア・カメラ作戦」で相手の顔写真を撮影するよう呼び掛けるクラウディア(新城カメ)らゲート前に集う人々の素朴で人間らしい言動に、会場から笑いが起こった。

 脚本を書くにあたり、伊波は政治的立場を超えて「沖縄が好き、という意味では(異なる立場の人が)互いに共感するところがあるのではないか」との考えを込めたという。基地問題に真っ向から取り組みながら、藤井の演出にはエンターテインメント性が強く打ち出され、各場面にちりばめられた既視感は、ある意味で沖縄県民が持っている「うちあたい」のようにも捉えられた。

 テーマは重たいながらも「ぼくたち、クテーランからね」というカイヨーハクの台詞には、ゲート前に集まる人々の気持ちが集約されているようだった。


2019年04月12日(金)
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