再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 新年直ぐの公演に向けて。

毎週末、在足利して、
一月に控える、会館主催のプロアマ公演の稽古をしている。
先日、「島」→打上げからの「オールライト」公演行脚をした時も思ったのだが、

終わりを意識しない場合、
如何にその中の密度と、折り重なり、積み重なり、そして、作品の質を個人の事情抜きに、高いところで意識しあえるか、コレがとても難しいし、演出の側としては、それをわかってどう導くのか、とゆうことになろうか。

舞台は特に旅公演に出た場合、
その会館条件(体育館だったりすることも)によったり、開演時間によったり、または公演自体のペース(連続なのか、乗り打ち(当日移動当日本番)なのか、移動続きで休みを挟むのかなど)にとても左右されるし、最近では、天候も大きく関わってくる(中止あったり)。大変な仕事だ。
面白いもので人のやるもの、
たった一人の乗り込み方が欠けるだけで、
舞台空間ががスカスカになったり、
己の流れだけの確認をして、
そこだけになり積み重ねが消えたり、
一人のもの凄い覚悟によって、舞台に存在が充満し広い客席が牛耳られたりする。
もちろん、地域によっての客席の温度差とも最後は出逢って、作品が創られる、完成する。

その完成の精度の高さを、保ち続けるのは、
「プロ」と言われる人たちでもなかなか難儀なのである。大きな自立が(自律が)必要とされる。
でも、そこに対し、全セクションが、最大の努力をして準備をする。その自覚を持っていることができるのが、「プロ」だと、呼べるのかもしれない。(本はだからないとロクなことがない)

さて足利だ。
気づくと12月を迎え、公演までは残すところあと一月(休みは少ないが大晦日三賀日もあるし)、多少の遅れはいろいろありながら、まぁいつものこちらのペースでいけば、なのだが、基本は実質週三回の稽古。それも、皆様他にちゃんとお仕事を持っているので、集まりも基本は、そのお仕事をちゃんと済ませてから、となる。これも、アマチュアさんと組する時の常識ではある。
代役など本当によくやってくれるけれど、個人で頑張ってくれる方はもちろんいるけれど、全体のコンセンサス不足は否めない。誰かがやってくれる感が激しい。

プロアマと銘打つくらい、その違いに注視して、そのコラボだけを楽しみ成果を見せる。のか、
舞台に立つのがプロだろうがアマだろうが、
お金をもらってモノを魅せるのだから、同じだ。と捉えるのか、大きく違うだろう。
観に来た方には関係がない。
お金を払って、とゆうより、人生の時間の幾分かを、暗い客席に軟禁する(笑)←こう書くと笑い事でもなくなるのだが。
のだから少なくとも、成果発表など見せられても仕方ないし、やっぱりお芝居っていいよ、生って凄いよ、とならないと、ワザワザ出かけるのを選ばれた媒体としては困るのだ。
たしかにプロが地方に常駐できない事情もあるけれど、そこに合わせないで、自分たちの中から、いつもと違う稽古の中で、メンツの中で、立ち上がってくるものがないものか。
と思うのは、これが立ち上げ初年度ではないからだ。私が入るのは3回目。参加の皆ほとんど普段も趣味演劇の頃合はとっくに超えている面々、互いの顔色を見合っていてもモノ創りは進まない。
2012年「谷間の女たち」をも牛耳った面々も多く。
そして何より、相手にしている世界が、今回更に一筋縄ではいかないのだから!(笑)
飽くなき準備をキチンとする、一人一人が。
そして、いつものルールではたどり着けないコラボをして、さきの世界を体験するのだ。
それはとても楽しく、、生み出すまでは、苦しみを伴うものでもあるかもしれないが、機が熟したからこそ実現している公演、準備の不足を終わってから悔やむ事のないように。

こちらもその覚悟に対し勿論、目眩くよな発想と、
魅せ方と、人間分析と壁の乗り越え方を提示しなくちゃならんのだが。

プロもアマもない、
@足利で作られるチームでの豊なモノ創りを。
最大のプロアマこぞっての真剣な遊びを!

最高最大の準備を。


…しかしこのタイミングで辺野古土砂投入を発表って、どんだけ地元の意向を無視し、既成事実を積み上げ突きつけようとするのか、これはもう自分の国に「銃剣とブルドーザー」蹂躙されてるのも同じ…
丁寧に説明する ≠ 常軌を逸した国家による暴力


2018年12月04日(火)
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