再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 対処すること。

青年劇場『郡上の立百姓』
連日の午前中から夜まで稽古が続いている。
今日も今日とて、俗に0場と言っているシーンから積み上げていく。
なかなか予定通りにことは運ばない。
夕方休憩をいれ、
その合間に唄の録音、
ソリスト決めたら、しばしこちらは休憩…(普段は中に入ったら、ほぼずっといっぱなしになる)
稽古場外へ。

稽古場外の壁にスケジュールやら、
連絡表やら、申し送りやら、
色々貼り出してあり、見るたび、
あー、もう本番まで〇〇日しかない…など悲観的になったり、現実を突きつけられたりする訳だが、
そこで目に入ってきたのは、

『明日は衣裳合わせの為、

男性は「ししゃも」一本。
女性は「ししゃも」二本。

ご用意ください。』

とゆう文言。
「ししゃも」?
なぜ「ししゃも」?
いや、なにゆえ「ししゃも」?
そもそも衣裳合わせに、なぜししゃもがいるのだ。
それは偽物のししゃもでもいいのか、
ホンモノの高い奴でなくてはいけないのか、
確かに江戸の百姓の時代考証はなかなかに難儀なわけだが、
彼奴らは、帯に男は一匹の、女は二匹の、「ししゃも」を下げ、干物にし、
オシャレにぶら下げ、
究極飢えたらそいつを食む。
とでもゆうのか?
子持ち限定なのか?
なにしろ、衣裳合わせの為の「ししゃも」である。
衣裳さんが、オリジナルコンセプトをいつの間にか構築していて、
百姓は「ししゃも」みたいなものであった、
とゆう解釈が新しく稽古場外で発見され、いつのまにか僕以外のところで浸透し、明日お目見えする、とでもいうのか。

唄わない俳優さんが二人そこにいた。
「ししゃも」の話を聞いてみようかと思った。
いや、待て。
サプライズだったらどうするのだ、
例の誰かの誕生日にサプライズ〜とか言いつつ、
周りのいつもと違う動きに確実に気付きつつも、人の想いだから、知らなかった振りをするとゆう、あの苦行、、、
いや、何のためのサプライズなのだ。
ししゃもは生臭いぞ、焼かなくてもいいのか?

人としてこの事態にどう対処するか(稽古でその話を俳優さんによくする)突きつけられている、試されている。慎重に、簡単に、自分の頭で考えない内にヒトを頼ってはダメなのだ。
もう一度見てみる。

『明日は衣裳合わせの為、

男性は「こしひも」一本
女性は「こしひも」二本

ご用意ください。』

突きつけられたのは、
「疲れているんだなぁ」
とゆう確固たる確信と、
間に気を抜くと、もう既にビールの当てを考えている自分のダメさ加減であった。

みなさま、明日はこしひもを忘れずに。




2016年08月27日(土)
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