再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 新年度を迎えて2

意味のわからない絶叫とか、
思想などどんなことがあってもいいと思う。でも。

しゃべる前に決まっている感情とか、
妙に泣こうとして泣く演技とか、
誰かがしゃべっている間固まらされている周りとか、
ここを見なさい啓示的灯りとか、
何より登場人物たちが話を、次に起こることを知っていて逆算の見えすぎる立方とか、
情緒的と抒情の大きな勘違いとか、
神の手的なドラマを生むための、しかもそれが次の言いたいことを生むためだけの偶然の連続とか、
情に訴えかけるために仕掛けられる人を喰った仕掛けとか、
全てを支えるはずなのに浅薄な生活感とか、
確かに人は愚かだけど、はなから救いようもなく愚かしい存在のさせ方とか変化とか、
周りがいるのを鑑みない、極々プライベートなやりとりとか(つまり他人の事など一部の隙すらも考えてない勝手な人たち)、
立場において順番で発せられる演説的な思いの丈とか、


こうゆうものを全排除して
または、そうゆう時間を通過してモノは人前に晒されるはずで、
自己満足、スゴイ大事なことをしているアピール。
そんなものを師は壊し、創ろうとしたはずで、
そうでなければ、作為的な側面は極めて見せないように、人間の行為を、人の心の変化を、それこそ、選択する瞬間に真実を現そうとしてきたのではなかったか。
私も作品によって変化はすれど、基本の価値観はここにある。

もはやこれは演劇でもなし、
稽古場にて話す禁じ手ばかりが舞台上を支配する時、
でも結局のところ、それでもこの人たちはいいのだな。
と勝手に思えてきて、
呆然と、驚きと、怒りを覚える。。。
芝居をつくるってなんだろうなぁ。。。
難しい→難しくない→複雑→シンプル
ウロボロスの尻尾のよに巡る。



あ、今やってる芝居じゃないですよ。
こちらは千秋楽@座・高円寺14時からです。
我がふり、ちゃんとしないと。




2016年04月24日(日)
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