再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 ほんの一週間。

いつか、
師の死の大きさを実感するしかなかったり、
その、代講でやることの、復活しなかった貴方とゆう存在の与える意味も。
色んなものが無味無臭で、
自分の気持ちとの折り合いづけになってしまうお別れの日も。
お別れの言葉なんて言いたくなかったけれど、
言葉を心から捻り出す時間を、対面して思いをぶつける機会をもらえたことは、大きい。
箸渡しなんかして、
貴方に恥じないモノづくりを、
自分らしくちゃんとやるしかないのだな、と感じていた。

師の最後の作品へのコトバの引用(抜粋)

人はどのように生き、死んでいくのか。究極行き着くところはそのあたりにある。明治の世、時代は新しく動き出し、産業の発展こそが世界と肩を並べる手段であると、いつしか人の命は軽んじられ始めた。足尾、水俣、福島。数えきれない「棄民」を生み出す装置。果てること無く続く国家の横暴。田中正造という人を柱に、明治という過去と向き合う宮本研さんの作劇は、昭和という時代を超えて今に至る。今、未来はあるかと問われた時、私たちは何と答えるのだろうか。


何故か僕も今、
同じ明治期の終わりを扱っている。
肩肘は張らずに、モノづくりはきびしくも、楽しくー


2015年06月06日(土)
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