再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 普天間 パンフレット掲載文

演出の戯言

日々動いている情勢、
変わらない現実、
現地以外では忘れられていく問題、
人まかせにして、責任から逃れ、見ないふりをする日常、
ある時は注目しながらも、いつのまにか忘れて過ごす社会。
想像力の欠如。。。

いつも思う、
それでも、
知る、識る、知り合う、向き合う、
そこからしか始まらないと。

現在、演出なんてエラソーなナマエで作品を創ったりしているけれど、

十数年前、僕は「卒業旅行」と称して、初めて沖縄に。
何の事はない、首里城、さとうきび、エメラルドグリーンの海(時期的に泳げず、乗った海中が見えるボートで、なまこしか見られず)典型的なツアー。
ちょっと違ったのは格安ツアーとは思えないオフシーズンならではの豪奢なリゾートホテル、日々島酒をニーニーがやっている店で飲んだくれ、
お客と僕らとニーニーでヘベレケ万座毛ツアー(事故なくて奇跡くらい、目も当てられない…)…
基地もモチロン遠目に観て、
「おー、本当に広い」
南へは、
「せっかくリゾートツアーで戦跡巡りなんて…」
最後は国際通りでコーレーグースと泡盛をお土産に。。。
東京の大学生、コンナモンである(一括りにしてはおかしいのは承知で)。。。というか、僕は今思えば……汗、でしかなかったわけだ。

そんな頃、沖縄では大きな運動が行われていた筈で、
一応、東京の大学生としてニュースステーション、NEWS23なんかはイチオウ欠かさずに見ていたと思う。
モチロン、うっすら知っていたようにも思うけれど、何せ、その青い海と広い空とゆったりと流れる時間に、土地と問題と事件と、知っている知識とが相まみえることはなかったのだ。
(その後、しっかりと行かせてもらいましたが…)

今現在、現在進行形、やはりこの作品、しかも坂手さんの沖縄三部作に続く「普天間」と組みするにあたって、普段目にしない情報、本、雑誌、講演、新聞と手当たり次第あさってみて、問題の根深さ、複雑さ、煩雑さ、…気づけば目の前には大きなカベ!である。
そして、色んな矛盾を多角的にみつめた作品。
その場所で生活を営むとゆうことの意味。

そこに暮らす身近な人々、人物に出会い触れ合うことでしか、「入り口」も簡単に見つかる筈もない「出口」も、見つけることはできないのではないか、と思っている。
他人事でなくなって、初めて人はその痛みを、知りうる。
自分のことの様に思える、とゆう意味では演劇は非常に力がある。そうやって知っていくしかないのだとも思う。
これで解決、なんてそんな単純なことじゃなく、
今、「知った」「感じた」自分が、その物事をどう捉え、想像し、動きだすのかである。どう考え始めるか、である。
明るさの奥に眠っている『叫び』みたいなものが、しっかりと誰かの心に届けられるように、坂手さんの筆致、言葉、そして沖縄の人の思いと向き合いながら、俳優陣、スタッフ陣と研鑽の日々である。
人の営みの儚さ、愛しさ、やるせなさ、切なさ……そして可笑しみ。そんなものが溢れてくる、そんな舞台でありたいと思っている。


藤井ごう


2011年09月22日(木)
初日 最新 目次 HOME