再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 何しにきたの?3

古鷹山で濡れて冷えた体を暖めようと、機転を利かせたつもりが、
シーサイド温泉のうみ、
わざわざ来たのに「本日休業」の文字。
こういう時ばかり、普段の自分の行いのせいか?とか思ったりする。
仕方がないので、倉橋島の(最初に通った島)南、桂浜(とはいえ、竜馬で有名なあそこではない)を目指すことにする。
なにせ、そこにも「温泉」の二文字を見つけたから。
(←て、それだけじゃないんだけど…←元々、元々コーディネーターであるところのKさんが見たいと言っていた)
「しかし、こういう時は続くんだよなぁ」
なんて言いながら、
次いで、行きの道を帰るのも癪なので、
西側から南へ下がるルートにし、羅漢石(平家伝説の残る岩群)を下から眺めて…

すっかり忘れかけた途中、イレギュラーでスーパーに寄る。
「大丈夫じゃないじゃないか!」←もう長いので割愛(笑)

早瀬大橋を再び渡って、倉橋島を南へ、都合一時間余り。
桂浜へ。
ここは西洋式ドッグ跡や桂浜神社、そして松の木群を抜けると、とても澄んだ水をたたえる海岸。絶景。(晴れていればね)
そして件の「くらはし桂浜温泉館」、なんだか電気はついているのに人気がない、
いやな予感…
て、「四月まで内装工事中」
見事すぎて笑ってしまう。今日という日は…

「いやぁ、流石に、運転疲れだ」
「え、疲れますか?」
「………」

ま、それはいい。その後、海岸を見、神社を見、など寒風吹きすさぶ中していたので、さっさかこの島の北、例の「グルグル廻る橋」のある音戸町を目指す。
もともと、先に江田島に向かったのも、音戸町の資料館らしき(うずしお)辺りに車が停められなかったから(清盛塚もある)で、一時間弱かけて北へ。
右手はずうっと海岸線の続く道。
瀬戸内の堤防は低く、海がよく見える。

「うずしお」で幾つか島の資料(祭りやなんかも)や、島の伝説が載った冊子なんかを手に入れ(今は全然波穏やかながら、嘗ては、渦潮がまく、難所だったのだそうだ)、「清盛塚」(瀬戸は平清盛が開いたのだそうだ)を見て、かつ、音戸の町並を散策。
この町並み、これがまたいいのです。
路地と、廃墟好き(この場合廃墟と言うものは殆どないのだが)のわたしのテンションは格段に上がる。
昭和そのものが残っている感じ。狭い路地と、密集した家々、置かれた生活、嘗て住んでいた人の想像と、ここが歩けたのは貴重。
造り酒屋なんかもあって(明治三十四年創業)、お酒を買いつつ(爆)、島のことやなんかを取材。カメラ片手に…←造り酒屋を廻ってらっしゃるんですか?と聞かれた、、、違う。

そんな中、どうやら、路地好き古民家好きであったK女史は、本日一番のテンションの上がりようを見せ、且つ、その造り酒屋が、「どうぞ試飲を」
とゆうのを、わたしが「運転手」につきできないので、
代わりに。。。
「んー、何しにきたの?」である(笑)

「あ、これは酸味がありますね、さっきのより」

やらやら…、だそうだ。
で、肝心の「島の昔」みたいなことを聞いている時は、そこにいなかった…。




しかし、まあ、貴重な時間になった。
仮に温泉が二軒空いていたとして、一軒空いていたら、もう一軒いくことはないとは言え、最後に町を歩く時間がなかった(もちろん、日が落ちる前とゆう意味で)。先に、「うずしお」に寄れていたら、資料などが殊の外細かいので(ここで、四年に一度のお祭りが、つい先週あったことを知り、愕然とするのだが…←祭りのシーンがあるので)、その周辺をぐるりで全体を見られなかったし、
最初から、この町並みで気分が上がっていたら、疲れきってしまっていただろうし、という訳で、
結果、わたしが今現在観たかった、感じたかったことは大体、この一日行軍で済んでしまった。とはいえ、いきあたりばったり過ぎるが(笑)
結果オーライな訳です。
晴れていなかったことを除けば。(晴れている時に是非来たい)

で、すっかり元気になってしまったK女史。
ナヴィに行き先を「わたしやります」と打ち込めるくらいまで完全回復。
わが宿「法華ク○ブ」を検索するのに、それだけだと余りにも膨大に出てきたので
「正式名称で入れた方がいいですよ」と気まで遣い、
「ホテル法華ク○ブ」と打ち込もうとして、

「(打ち込んで)ホツル」

…「つ」になってるよ。

「あ、(打ち込んで)ヘテル」

…「ヘ」になってるよ。

「ああ!」


…こっちが「ああ!」です。

もう、続けません。


2010年03月26日(金)
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