スカーレットの心のつぶやき
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2010年11月01日(月) 鬱々・・・

昨日は四十九日のお餅を製菓店に予約した。

そして、この数年使っていなかった

母の家の二階の掃除をした。

父がいつも寝起きしていた部屋を片付け

二階のトイレのマットや便座カバーを新しいのに代え

掃除をしすっきりした。

母が几帳面に整理整頓していた押し入れも

この一年は放ったままだったので

母が見たらきっと喜ぶであろうと

その顔を思い浮かべながら整理しなおした。

父や母が遺したものは手に取ると色んなことが次々と思いだされ

しばらくぼっ〜と見つめていた。

涙が自然に出てきた。

葬儀からあまりにもハイテンションだった私が

本来の私に戻りつつある気がする。

凍ってしまっていた氷が

少しずつ溶けだしたかのように

淋しさと悲しさが襲ってくるようになった。

昨夜は8時にベッドに入った。

その前に母の祭壇の前に座り込み話しかけた。

返事が返ってこない。

母はもう居ないのだということが

現実のものとして私が理解できるには

まだまだ日にちがかかりそうだ。

私は確かに異常だった。

あまりにも気丈過ぎるから従兄たちは心配していたと言う。

姉のように泣き崩れる方が自然だったとも言われた。

でも、あの時は母の残した言葉を守らねばならないという

強い使命感があった。

だから、泣かずに悲しまずに送り出そう、

そう思ったのだ。

でも、母は私にとって最愛の人だった。

もしかしたら娘よりも大切に思っていたかもしれない。

母の居ない生活など考えることが出来なくて

想像するだけで怖くて怖くて・・

母が死んだら後追い自殺すると決めていた。

あんなに気丈だったのは

私も本来の責任感の強さの表れだと思う。

母の四十九日を無事終え

一周忌、三回忌、父の七回忌を

私の手で行わないといけない。

それが両親への私の孝行だ。

今もそれは思っている。

でも、母が居ないのだ・・・という思いが

段々と強くなってきているから

私は自信を失いそうだ。

鬱々と過ごす日々が来るのではないか?

ご飯も喉に通らなくなり

今以上に痩せてしまうのではないか?

元気で生きて行く自信がない。

「母ちゃん」と母を呼んでいる私が居る。


スカーレット