スカーレットの心のつぶやき
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2009年09月28日(月) 記憶と感情

良い思い出にしろ、悪い思い出にしろ

思い出は思いと共に記憶の中に埋め込まれている。

そして、それはふと何かしている時に

まるで波が砂山を根こそぎさらっていくかのように

高まる感情と一緒になって

頭と心を支配することがある。

一年半前に知り合ったある人が

今では一番憎しみの対象となっていることが

私にとって人格さえ否定するかのような

嫌な思い出となっている。

そして、その思い出が私を襲った時

夜も眠れないようになり

憎くて憎くて消えてほしいと願うほど憎くて・・

でも、実際はその人の存在を消し去ることはできず

また、そんな風に思う自分自身が嫌でたまらない。

座右の銘としている「和顔愛語」が泣くだろう。

本当の私の姿ではない

醜い姿を認識する時に

私は鬱状態になり

その人を消すか私自身が消えるしかないとまで

思いつめてしまうのだ。

記憶とはいかに残酷なのだろうと思う。

私がその人を憎み

消えてもらいたいと思うことは

それがその人の僕となっている証拠だ。

本当に去年はその人の召使のように働いた。

何でも言われる通りに動いたし

もし、私が拒否したりその人の思い通りにならなかったら

私に対して攻撃的な態度に出るのが分かっていた。

だから、心の中では嫌だと思っていても

従わざるを得ない状態だったのだ。

それが今年の春頃から私はその人の本性を知り

距離を置きたいと思うようになった。

今まで言われたことでどれだけ傷ついたことか。

どんなに憎んでも憎み足らない。

そして、また最近その人が私の心を支配するようになった。

何かしていても顔と姿を思い出し

身震いするほどおぞましく

早く消えてほしいと願う私が居る。

こんな私から抜け出したくて

私の尊敬する人に相談した。

その師は私にこう仰った。

「記憶は記憶として残るが感情を切り離すと良い」と。

その師は小学生に時にそれに気付き

それ以来70年楽な生き方をしてきたという。

凄い。

本当に尊敬する。

私が憎む感情を捨てることが出来

囚われることなく人生を送るには

記憶と感情を切り離さねばならない。

その修行はどのくらいかかるだろう。

でも、少しずつ感情の中から消し去り

たとえ、その人が死のうと生きようと

私にはまったく関係のない存在だということを

自分自身が自覚した時に

私は救われるのだと思う。

難しいけれど、今日から修行のつもりで

記憶と感情との切り離しをしよう。


スカーレット