スカーレットの心のつぶやき
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2009年08月30日(日) 上杉鷹山

昨日は、私が所属する「日本の歴史に学ぶ会」の講演会があった。

今回の講師は日本政策研究センター研究員の岡田幹彦先生で

演題は「上杉鷹山について」であった。

岡田先生の講演会は

前回「二宮尊徳」を聴きその生き方に感動をした。

昨日の上杉鷹山の名前は知っていたが

鷹山についての知識はほとんどなかった。

だから、鷹山が米沢藩を立て直した為政者であり

日本で最も尊敬されている人の一人であるということを知り

ある意味、自分自身の教養のなさにあきれた。

上杉鷹山の知られざる一面を見たのは次のことだ。

誰にも再建不能と思われた米沢藩を、

30年かけて見事に立て直した江戸期随一の名君、

上杉鷹山は何より人間として立派であったが

彼はまた、家族を大切にした人物でもあった。

上杉家の養子である鷹山は19歳のとき、

先代重定の娘、幸姫(よしひめ)(17歳)と結婚したが、

幸姫は精神薄弱者で発育不全、体は少女のままで、

妻としてのつとめを果たすことのできぬ不幸な人であった。

しかし、鷹山はこのような幸姫を心からいたわり、

深い愛情をもって接した。

どんなに政務が立て込んでいても、

毎日必ず時間を割き、幸姫の部屋を訪れて相手をした。

折り紙や玩具や人形で遊んでやるのである。

幸姫はいつも少女のように喜々として声をあげてたわむれた。

幸姫は夫の鷹山がこうしてやってきて遊び相手をしてくれることを、

無上の楽しみとし喜びとしたのである。

この二人の様子を見て、

幸姫づきの女中たちはかげで袂(たもと)を絞った。

幸姫の喜び楽しむ姿を見てはうれし涙を流し、

夫婦の会話もかなわず子も産めぬ幸姫にいささかの不満を示すことなく、

心から同情し敬愛を尽くして遊び相手をする鷹山に

悲しみの涙を漏らしたのである。

幸姫は30歳で亡くなるが、

鷹山とともにあった13年間は至福そのものであったといえよう。

鷹山は薄幸の妻に対するこうした慈愛を

同様に米沢藩の人々にふりそそいだのである。

以上は岡田先生の話の中の一こまであるが

この話を聞いても鷹山という人物の高い人間性を思うことが出来る。

誰にでもできることではない。

人を愛することの原点ともなるのではないかと思う。

私自身、心臓の障害者であるが

こんな私のことを知って結婚してくれた夫も

考えてみたら上杉鷹山に通ずる一面を持った人なのだと思う。

鷹山についてはケネディが尊敬する日本人だと言ったという噂がある。

真偽は明らかではないが

岡田先生は聴衆にこのことを説明されている。

日本を代表する素晴らしい人物であったことは

世界に誇れると思う。


スカーレット