スカーレットの心のつぶやき
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| 2008年09月25日(木) |
死んだ者の損か・・・ |
昨夜は一昨日急死した叔母の御通夜だった。
午後6時から始まる御通夜に母と出席した。
お坊さんの枕経の後
御通夜振る舞いというか、ちょっとした食事が出た。
一般の人は帰った後なので
残ったのは家族や近い親戚のものたちばかり。
本来、御通夜は故人を偲び
生前の思い出などを語り合うのが本当だと思うが
昨日の御通夜は
久しぶりに会った親戚たちが
故人の話よりも
自分たちの近況や小さい頃の思い出話に終始して
時に大きな笑い声や話し声が行きかった。
これって何か変・・と思いながら
そういう私も話の輪の中に居た。
確かに、従兄弟同士というものは
幼い頃はまるで兄弟のように付き合っていても
成人し、それぞれが家庭を持って
別々の人生を歩み始めたときから疎遠になってしまう。
そして、会うときは結婚式やお葬式・法事の時だけになってしまう。
何だか淋しい気もするが仕方ない。
昨夜の御通夜も
私たち従兄弟6人が集まり
子供の頃の話に花を咲かせた。
その話の場に母が居たのだが
帰る車の中で母がふともらした言葉に
私はドキッとさせられた。
母は「死んだものの損だ」と言ったのだ。
確かにその通りだ。
もし、母が亡くなった御通夜の席で
親戚のものたちが母を偲ぶのではなく
自分たちの話ばかりしていたら
私はきっといい気持ちにはならないと思う。
御通夜の意味がないではないかと思うだろう。
でも、母はそれで良いと言った。
賑やかにしてほしいと言った。
私は違う。
私は自分が死んだ後
夫や娘や姉たちが涙を見せず
笑顔を振りまいていたとしたら
きっと嫌な気持ちになるだろう。
私の了見が狭いのかもしれない。
やはり長生きしないと損かも?
せいぜい元気で、娘たちに迷惑がられるまで
長生きしてやろうと思った。
スカーレット
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