スカーレットの心のつぶやき
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| 2008年05月26日(月) |
従兄弟会で思ったこと |
昨日、母方の従兄弟十数人が寄り
一人の従兄弟が経営し、シェフをしている仏レストランで
従兄弟会が行われ
母と姉と三人で出席してきた。
今回の従兄弟会は二回目、
一回目は7年前の平成13年にあり
亡き父も、大阪に居る娘も、そして夫も出席して
楽しいお喋りと美味しい(私は苦手だが)料理を楽しんだものだ。
あの時、父にはもうすでに症状が出ていたことが
昨日の従兄弟の話で分かった。
父にとっては義理の甥にあたる人から
「おじさん、それは一日も早く専門の医者に診てもらうのが良いよ」と
言われていたと言う。
もし、7年前に泌尿器科を受診していれば
膀胱ガンも早期発見できて、今も元気で居られたかもしれない。
人の運命なんて分からないものだ。
昨日、集まった従兄弟の中で
最高齢は75歳、そして、私が一番年下だ。
20歳の開きがある。
話題が後期高齢者医療制度になると
皆、我が事のように、議論し始めた。
私は口を挟まず黙って聞いていたのだが
皆、一様に悪い制度だという意見だった。
しかし、果たしてそうだろうか?
人は生まれた以上必ず死ぬ。
死に向かって歩いている。
死が避けられないものである以上
自分の最期を予想し、準備することが必要だと思う。
若い者たちの負担にならぬようにすることこそが
年老いていく人たちに必要なことだ。
人は何のために生きるのか?と自問自答する。
私は一言で言えば
生きるために生きているのであり
生きることこそ、生きる目的であると思うのだ。
確かに、人は自分が生きていくために
何かのために生きているという
理由愚付けをする。
夢のために生きているという人も居るだろう。
しかし、夢などは叶わないから夢なのであって
それが実現することなどないのだ。
強いて言えば、夢ではなく
人生の目標なのだ。
叶わない夢など幻に惑わされず
現実を見て、毎日確かな一歩を踏み出すことが
いずれ来るであろう死への最良の方法であると考える。
たった、二時間の従兄弟会であったが
私には思考する時間でもあった。
有意義だったということは確かだ。
次の従兄弟会にもまた
母が元気で参加できるように祈りたい。
そして、昨日参加した人たちが皆
顔をそろえることが出来るよう祈らずには居られない。
スカーレット
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