スカーレットの心のつぶやき
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2006年03月05日(日) 人の考え方

昨日の朝、いつものとおり歩いていると

向こうから歩いてくる一人の女性と出会い立ち話をした。

その人は私が時々投稿している新聞で

見かける名前の方で絵手紙もされている人だ。

ひと月くらい前に

投稿欄でその人のご主人が亡くなられたことに対する

ご自分の思いを綴っていた。

ご主人の突然の死に対して

その時でなければ書けない気持が

読む人の心に訴えてきて感動したものだ。

反響も多く励まされたと言っていた。

でも、ご主人の死に対して投稿したことを

変な風に解釈している人も居るかもしれないと言っていた。

その話を聞き、先々月、私が叔母の死への追悼の気持ちで書いて

投稿したものの従姉の反対にあって

載ることになっていたのを断ったときの気持ちが甦ってきた。

あの時はとても悲しかった。

従姉とは考え方の相違を感じたものだ。

私は叔母でなくても父の死であっても

同じように素直な気持ちを書き綴っただろう。

それが従姉には通じなかったことがとても悲しかった。

断ったときの新聞社の人も残念だと言ってくれた。

それで良いと思った。

大勢の人に読んでもらえなくても私の気持に変わりはない。

悲しみは今も私の胸の中に深く存在しているし

叔母の顔を二度と見えないことへの淋しさもある。

でも、叔母の四十九日も済み私の心も落ち着いてきた。

人の考え方って様々だ。

私と同じように思う人の方が少ないのだ。

だからこそ生きていることが面白いのかもしれない。

今日は叔母のお墓参りに行き、

載らなかった投稿文「叔母の死」を

墓前に供えて来ようと思っている。


スカーレット