スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
| 2005年07月27日(水) |
懐かしくまた強烈な思い出 |
一生忘れることの出来ない思い出、
それも心に残るステキな思い出、
懐かしくまたとても強く心に残っている思い出、
大人になってからではなく、
子どもの頃のそういった思い出がある人が羨ましい。
私には子どもの頃の懐かしく強烈な思い出がない。
あったのかもしれないけれど、
今では記憶の彼方に行ってしまって、
思い出そうと思っても
思い出せないのかもしれない。
何か一つの花を見て、
その花にまつわる思い出を持っている人は
どんなに年を取ろうとも
決して忘れることの出来ない花になると思う。
本当に私にはそういったものがないのだ。
何故だろう・・・
悔しい気もする。
父や母と行ったところの思い出でも良い。
小さい頃に遊んだ友達のことでも良い。
花でも、絵でも、音楽でも、
何でも良いのだ。
自分にとって忘れることのできないものがあったら
今の私の心も少しは癒されるかもしれない。
小さい頃の記憶や思い出は
頭の構造によって忘れてしまうことになっているのだろうか。
それとも、
嫌で思い出したくないことだから
忘れることになっているのだろうか。
もし、そうだとしたら
私には楽しかったことや
嬉しかったこと、懐かしいと思うことが
何もないということになる。
そんなことはないはずだ。
夏になれば家の裏の川で
魚を取り、いかだを流して遊んだはずだ。
ちゃんと写真に残っているのだから
それは確かなことだ。
でも、私には強烈な記憶として残っていない。
そういえばそんなこともあったかな?というくらいのものだ。
私だけなのだろうか?
皆何か一つは大事な思い出のものがあるのだろうか?
私は病弱で外で走ったり
泳いだり、山登りをしたりした思い出はない。
そうかと言って寝ていたのでもない。
それなりに遊びもしたはずだ。
母の思い出話を聞いていると
小さい頃に食べたものや
遊んだことを楽しそうに話してくれる。
私がいつかおばあさんになった時、
孫に話してやれる思い出話ってあるのかな・・
ないのならそれはとても不幸なことだ。
この数年間の思い出はいっぱいある。
楽しかったことも
また辛く悲しかったことも、
絶対に忘れることのできないショパンの曲もある。
でも、小さい頃の記憶が欲しい。
孫に話してやれる記憶が欲しい。
最近何故かそんなことばかり思っている。
何故だろう?
スカーレット
|