スカーレットの心のつぶやき
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2004年10月23日(土) こんなにも・・・

昨日、私が新聞社に送っていたエッセイが採用された。

今月の私の誕生日の翌日に書いたものだったので

もうボツになってしまったのかと半ば諦めていた。

朝の姉からの電話でこのことを知り、

嬉しくて駅にその新聞を買いに行った。

開いて自分の書いた文章を目にしたとき、

なんとも言えない気持ちになった。

私は毎日色々なことをこのつぶやきに書いてはいるけれど、

それが活字になって新聞の紙面に載るということは、

新鮮な嬉しさだった。

書いたのは母への思いを綴ったもので

「母の後ろ姿」という題のエッセイだ。

母と一緒に出かけ母の後ろ姿を見たときの

私の素直な気持をそのまま言葉にしたものだ。

誰かに認めてもらおうとか、

褒めてもらいたいとか、

そんなことは全く思わなかった。

ただ、今私が感じている母への思いを

言葉にして書きあらわしたかっただけなのだ。

この私のエッセイを見た人から

色々な感想をいただいたが、

「感激して涙が出た」という感想が多かった。

「私の思いを代弁してもらった」と言われた。

皆の心にあるなんでもない心だったからだろう。

そして、皆が思っている自分自身の母親への思いだったからだと思う。

私の母への思いは言葉にはできない色々なものがある。

ほかの人とは違って

私は生まれてから母に心配ばかりかけとおしてきた。

でも、母は一度も私のことを突き放すことはなかった。

いつでも私の側に居て

私のことを見てくれていた。

いつも見守っていてくれた。

そんな母が今はとても弱い存在に思えるようになった。

年を取るということがこんなにも弱いものになるのかと思うと

何故か淋しい気がしてならない。

母への思いは皆心の中に持っているはずだ。

こんなにも反響が大きかったことでよくわかる。

私の母への思いはほかの人の思いでもある。

書くということ、

思いを言葉にするということ、

簡単そうで難しいことだけれど、

これからも私の素直な気持を書き綴って行きたいと思う。

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私の新聞に載ったエッセイをもう一度読みたいと言ってくれた。

本当にありがたいと思う。

PCから投稿した原文を載せるから、

字数の関係でこれより数文字減ったが

内容は同じだった。

        「母の後姿」

 人の後ろ姿を見ると何故か悲哀を感じる。

その人の人生をすべて背負った背中を見るからだろうか。

私をこの世に送り出してくれた母、

今年83歳になる母のその後姿を見ると

私の胸はじ〜んと熱くなり、

泣き出したい気持ちになってくる。

 母は昔から気丈で弱音を吐かない人だった。

太平洋戦争の中を生き抜き、

満州での生活も経験し、

私の知らない母の話しを聞くたびに、

私には到底真似はできないといつも感心していた。

 そんな母の後ろ姿が、

このころはとても小さく感じる。

また、見るたびにとても淋しい感じがする。

歩く速度も随分遅くなった。

背中も少し丸くなって、

つえをついて歩いている。

階段の上り下りも足腰に響くようだ。

年を取ったと感じる母と

あとどのくらいこうして一緒に歩くことができるのだろう。

 母はいつも私とともに歩いてきてくれた。

私の喜びや悲しみを全部受けとめてくれた。

自分のことは放っておいて私を見続けてくれた。

私が若い頃はその絶対の愛情を重く感じたときもあったけれど、

母は私を心から慈しんで育ててくれた。

 私もやがて母と同じ後ろ姿を娘に見せるのだろう。

そしてまた、娘も今私が感じている気持ちになるのだろう。

母から私へ、

私から娘へと母の命は続いていく。

私には親孝行したい母と、

見守っていくべき娘がいる。

残された人生、

自分に恥じない生き方をしたいと思う。

そして、娘の目に映るであろう私の後ろ姿を、

ステキなものにしたいと心から思っている。

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本当に°・:,。★\(^-^ )♪ありがとう♪( ^-^)/★,。・:・°


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