スカーレットの心のつぶやき
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2004年09月29日(水) 不安の克服

不安になる人とならない人との違いは何だろう?

それは、その人の心の中に自信がある人とない人との違いだろうか?

自信って何だろう。

人よりも何かが勝っているから自信が生まれるのだろうか。

否、それは違うと思う。

人に負けなくないと思って一生懸命に努力し、

その結果良い成績を出せたとしても、

それがその人の自信に繋がるとは限らない。

それは単なる虚栄心を満たすだけのものだ。

自分に自信のない人が一生懸命に努力し、

何かを成し遂げたとしても、

それは真実の実りにはならない。

それは他人に比べて自分が勝っていると思う優越感や、

他人を見下す道具にしかならないように思う。

不安をなくすために努力しても実を結ぶことはない。

一生懸命に努力しているのに実を結ばないと嘆いている人は、

その動機が不純なのだと思う。

人から認められたいとか、

人から賞賛を浴びたいとか、

そういうことを動機として努力したって、

それは本物ではないと思う。

かえって、

こんなに努力しても報われることがないと自信を喪失するだろう。

不安を克服できるときは、

不安というものから解放された時、

つまり、不安という捉われを忘れることができたときだと思う。

「人から褒められたい」とか、

「人に認めてもらいたい」といった欲を捨てたとき、

始めてその人の悩みから解放されるのだと思う。

他人に勝つことや、

何かを得ることでしか自分に自信が持てないと思っている限り、

どれだけ必死で努力しても、

本当の自信を持つことはできないと思う。

自信をもって生きている人は、

特別な努力をするのではなく、

ありのままの自分を認め、

その今の自分に価値があるのだと思える人だと思う。

そして、そう思うことは、

決して思い上がりでもなく、

努力することをサボっているのではない。

ありのままの自分自身を認めることが出来る人こそが、

真の意味での向上心を持ち、

努力している人だと言えるのではないだろうか。

私自身を振り返ってみたときに、

私は自分を認めることがなかなか出来なかった。

人からの価値判断に頼っていたのだと思う。

人に愛されたいと願う気持ちと同じだ。

人を愛して初めて人から愛されるのと同じように、

まず自分自身を認めてやらなければならない。

そうすれば自然に不安も消え自信も生まれてくるのだと思う。


スカーレット