スカーレットの心のつぶやき
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不安になる人とならない人との違いは何だろう?
それは、その人の心の中に自信がある人とない人との違いだろうか?
自信って何だろう。
人よりも何かが勝っているから自信が生まれるのだろうか。
否、それは違うと思う。
人に負けなくないと思って一生懸命に努力し、
その結果良い成績を出せたとしても、
それがその人の自信に繋がるとは限らない。
それは単なる虚栄心を満たすだけのものだ。
自分に自信のない人が一生懸命に努力し、
何かを成し遂げたとしても、
それは真実の実りにはならない。
それは他人に比べて自分が勝っていると思う優越感や、
他人を見下す道具にしかならないように思う。
不安をなくすために努力しても実を結ぶことはない。
一生懸命に努力しているのに実を結ばないと嘆いている人は、
その動機が不純なのだと思う。
人から認められたいとか、
人から賞賛を浴びたいとか、
そういうことを動機として努力したって、
それは本物ではないと思う。
かえって、
こんなに努力しても報われることがないと自信を喪失するだろう。
不安を克服できるときは、
不安というものから解放された時、
つまり、不安という捉われを忘れることができたときだと思う。
「人から褒められたい」とか、
「人に認めてもらいたい」といった欲を捨てたとき、
始めてその人の悩みから解放されるのだと思う。
他人に勝つことや、
何かを得ることでしか自分に自信が持てないと思っている限り、
どれだけ必死で努力しても、
本当の自信を持つことはできないと思う。
自信をもって生きている人は、
特別な努力をするのではなく、
ありのままの自分を認め、
その今の自分に価値があるのだと思える人だと思う。
そして、そう思うことは、
決して思い上がりでもなく、
努力することをサボっているのではない。
ありのままの自分自身を認めることが出来る人こそが、
真の意味での向上心を持ち、
努力している人だと言えるのではないだろうか。
私自身を振り返ってみたときに、
私は自分を認めることがなかなか出来なかった。
人からの価値判断に頼っていたのだと思う。
人に愛されたいと願う気持ちと同じだ。
人を愛して初めて人から愛されるのと同じように、
まず自分自身を認めてやらなければならない。
そうすれば自然に不安も消え自信も生まれてくるのだと思う。
スカーレット
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