スカーレットの心のつぶやき
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2004年07月07日(水) 生きるということ

先日の叔父の死で私は色々なことを思った。

生きるということ、

死ぬということ、

家族というもの、

世の中の常識というもの、

そして人の心について。

叔父の死は悲しみだけではなく

残された者たちへ色々な教訓を残したのだと思う。

自由に生きることは肯定されるものではないのかもしれない。

家族というものの存在は一生その家族それぞれに

重たい鎖として繋がっているものなのかもしれない。

いくら新しいものが発明され

世の中が変わっていっても

決して変わることのないものも存在するのだと思う。

この世で生きていこうとする限り

世間の常識や慣習を全く考えないではいきていけない。

私は私自身の葬式などいらないと思っている。

骨になったら海にばら撒いてもらったので良いと思っている。

でも、私はその気持ちがあっても、

残されたものたちの気持ちを考えると、

やはりお墓の存在は必要だと思えるようになった。

残された者たちが故人を供養したいと思うとき

お墓参りによってその気持ちが叶えられる。

そして、残されたものたちは亡くなった人たちが

自分達を見ていてくれるのだということを考えてみたいと思う。

悲しみは時間が経てば癒される。

そして、残された家族にとっても

毎日の生活が待っている。

悲しんでばかりでは生きていけない。

前を見て、自分の頭で考え

自分の心で判断し、思い、

そして自分の足で歩いていく。

こうして前を見て生きていくことがいかに大事なことなのか、

少しずつ私にも理解できるようになった。

叔父の遺影を見るたびに涙が止まらなかった。

もう二度とあの笑顔を見ることはできない。

存在の確か不確かさ・・

今の私の生きる意味、存在する意味、

これも私がこれから生きていく上での宿題なのかもしれない。

毎日を大事に、自分自身の心に素直に

私は私の道をマイペースで歩いていけたらいいのにとつくづく思う。


スカーレット