スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
昨日の夜のNHKのクローズアップ現代で昭和30年代のレトロ文化が取り上げられていた。
私が丁度小学生のころのあの暮らし。
戦後の物のない頃だったけれど、何故か心は満たされていたあの頃。
食べるのには困らなくなってはいたけれど、娯楽もこれと言ってなく、
勿論TVが家にあるところも少なかったように思う。
あの頃私が住んでいた家は戦後焼けた跡地に市が建てた市営住宅だった。
3畳と4畳半の畳の部屋が2つ、それと台所に続く板の間が一つ。
裏庭は広かったけれど、今思うとよくあんな狭い家に住めたなあ・・と思う。
まだ叔父が結婚していなくて一番多いときは6人家族だった。
私たちの勉強部屋なんてなかった。
小学校の4年生の頃に勉強机を買ってもらった記憶があるが、
それまでは食事が済むとその飯台が勉強する机に変わっていた。
でも、不自由を感じなかった。
不満もなかった。
TVがはじめて家に来た時のことは今もはっきりと覚えている。
木曜日の夜の歌番組を初めて見た記憶がある。
それまでは近所のTVのある家に行って見せてもらっていた。
子供心に気を使い、お行儀に座っておとなしく見ていた。
だから、家にTVが来る日は学校に居ても気がそわそわして落ち着かなかった。
そんな懐かしい思い出。
今の子どもたちは生まれた時からTVは勿論、自分の部屋、自分のベッド、自分の机が揃っている。
家には車、冷房、そのほかなに不自由のないものがいっぱいある。
そんな中でうまれ育った子供達は何かが欲しくてたまらないという気持ちも持たないのではないだろうか?
お正月やクリスマス、誕生日には欲しいものが手に入る。
辛抱するということをしなくても手に入るのだ。
辛抱して辛抱して、何かが自分の物になったときの喜びを感じることはめったにないのではないだろうか。
私が子供の頃の不自由な時代の方が心は満たされていたような気がする。
勉強だってそうだ。
今の子どもとは違い、学校へ行くだけの勉強だった。
塾も少なく、習い事をしている子も少なかった。
下校すると宿題を片付けて後は自由な遊びの時間があった。
外で缶けりをしたり、かくれんぼをしたり。
夏は裏の川で魚とり、冬でも外で走り回っていた。
一日中凧揚げをしていたのも覚えている。
こうしてあの30年代を思い出していると、今の日本にとって一番必要なものがあったような気がする。
経済成長の後の心の貧しさを感じる。
人と人との心の繋がりも少なくなってきた。
人が人を思いやるという一番大事な心が失われつつある。
今、否、これからの日本を考える時、あのもののない時代のことを思い起こし、
人間にとって何が一番大事なことかをもう一度考えてみなければばらないと思う。
心の貧しさは社会の貧しさにつながる。
物はなくても自分自身の心が満たされている幸せを感じて生きたいと思う。
スカーレット
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