スカーレットの心のつぶやき
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2003年05月16日(金) 一人暮らし

春は新しく就職で自立したり、大学入学で故郷を離れて
一人暮らしを始めた人は多いはずだ。

一人暮らしの気分ってどんなんだろう?

私はこの年になるまで、一人暮らしをしたことがない。

親元を離れて暮らしたことはあるけれど、それは一人ではなかった。

だから、一人暮らしの淋しさも良さも分らない。

この間ここに書いた友人は、メールで

「一人暮らしは快適?・・・」と言ってきた。

?マークが付いているから、やはり少しは
快適で、少しは淋しく、不便も感じているのかな?

友人も生まれてはじめての一人暮らしだそうだ。

慣れれば本当に快適な気分になるのか?

それとも、淋しくてたまらなくなるのか?

これは各人皆違うと思う。

私は入院で四国を離れて過ごした期間は長かった。

勿論それまでも入院は幾度もしていたから
入院自体の淋しさは知っていた。

でも、その時は母は毎日顔を見せてくれたし
お見舞いに人も来てくれたりしたので
淋しさは紛れていた。

四国を離れ九州で入院した時は
いくらからだが弱っていたから、
入院は仕方ないものだと分っていても

毎日夕方になると屋上に上がって
家のあるであろう方角を見ては
家族の所へ帰りたいと思って涙したこともある。

しばらくすると、その入院生活にも慣れ
入院仲間もできて、段々と平気になった。

そして、入院はいくら制約があり、
自由ではなかったけれど、
元気になったら退院できるという希望があったから
生活できたのだと思う。

あれが退院する見込みもなく
いつまで居れば良いのかも分らなかったら
きっと、心理状態を正常に保つことは
難しかったかもしれない。

入院生活のほかに一度だけ、親元を離れて
暮らしたことがある。

でも、博多の町は私の心に比べて
あまりにも賑やかだった。

その賑やかで陽気な環境の中で
昼間一人でアパートの壁を見つめながら
誰とも接することなく
会話もなく
只、時間の過ぎるのを待つ生活は

私の心を段々と壊し始めていった。

そして、3ヶ月経って、私は悲鳴をあげてしまった。

若かったと弁解はしたくない。

一緒に暮らした人が嫌いになったわけではない。

いくら好きな人と住んでいたとしても
あの壁を見つめて時間を過ごす
生活は私にとっては苦痛以外の
何者でもなかった。

気が変になりそうだった。

そして、やはり病気が再発した。

負け犬のように、すごすごと家族の居る松山へ
帰ってしまった。

何故?

あのとき、もう少し我慢することができなかったのだろう?

何故?

もっと心を開いて、人との結びつきを求めなかったのだろう?

今なら同じ環境の中に置かれても
きっと、その時のような淋しさは感じない気がする。

それだけ、世間の中でもまれたからかもしれない。

結構ずうずうしく生きる術を覚えたから・・・

悩みながらも自分を傷つけずに生きていく方法が
少しずつ分ってきたから・・・

憧れの?一人暮らしは結局一度もしないまま
今に至っている。

娘は今中学二年。

娘は私とは違う

今自立の時期だからかもしれないけれど
大学は外へ出たいと言っている。

勿論親として心配はあるけれど
私は娘がこの家を出て
一人暮らしをすることに賛成だ。

きっと親の有り難さも家族の支えの有り難さも
分るに違いない。

家計は苦しくなっても
娘には一人暮らしをさせたいと心から思っている。






スカーレット