スカーレットの心のつぶやき
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今日は一ヶ月に一度のいつもの心臓の病院の 予約診察日だった。
病院へ行くといつも同じことを考える。
病院には人生の縮図のようなものがあると。
人それぞれの生き様というか人生模様を見ている気がするのだ。
私は今まで50年間生きた来て 病院と縁の切れるときはなかった。
病気を持って生まれてきたのだから仕方ない。
時には挫けそうになって、何故私だけが?と 恨みそうな気持になったこともあった。
確かに、私は他の人が経験しない病気や闘病をしてきた。
病気の上に私の人生があったと言っても過言ではない。
落ち込んで気も弱くなりそうになったときもあった。
自暴自棄になったこともあった。
そんな時、今日のように病院へ来ると 私だけが戦っているのではない、 私だけが苦しんでいるのではない 私だけが・・・
私だけが・・・
と思う気持が、あまりにも驕った気持であることに気づく。
人にはそれぞれ持って生まれた分というものがある。
私が先天性の心臓疾患で生まれたきたのも 何か意味があったのではないか?と思えるようになった。
人は皆違っている。
病院の中でもそうだ。
自分の足で歩いて来る事ができる人も居れば 杖をついている人も居る。
車椅子の人も居る
目の不自由な人も居る。
話していると、とても大変な病気と闘っている人も居る。
皆一人一人が自分に与えられた病気と闘っているのだ。
お腹の動脈瘤がいつ破れやしないかと まるでお腹の中にダイナマイトを抱えて 毎日を送っている人もいる。
鼻に酸素のチューブを入れ、酸素ボンベから酸素を肺に 入れながら、いつも酸素ボンベと共に暮らさなければならない人が居る。
薬なしでは生きられない人たちも多く居る。
後余命が少なくても最期の日まで自分に与えられた 病魔と闘い続けている人が居る。
病気の重い軽いを人と比べるのは絶対に間違っている。
人は皆違うのだ。
私は今日も又、こうして病院に来て 自分のことを考えることができた。
血圧は上が81下が46と低すぎたし 薬の量も変わったし、 不整脈もあるけれど
私は私の足で歩け 手でものをつかむことができ、 自分の肺で呼吸することもできている。
今の所走ったり、泳いだりさえしなければ 何とか今の家での生活はできている。
絶対安静とか自宅のみ行動とかの 制約もない。
私は幸せだ。
良い友人にも恵まれ、両親は健在、家族も喧嘩しながらも 仲良くしている。
上を見れば限がない。
勿論私は人とくらべることはしない。
人は人,私は私という気持は小さい頃から持っている。
そして、自分の個性を大切にしてきた。
ユニークな人だと言われながら、それでいいじゃないと 開き直る術も知っている。
私は私の心に素直に、与えられた病気と共に 後何年かわからないけれど 自分だけの人生という舞台の上でで主役を演じ続けて いこうと思っている。
人それぞれ、人生色々、私は私の足で 私の人生を歩いていきたい。
スカーレット
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