スカーレットの心のつぶやき
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心の中に暖かな春風とともにやってきた桜花も満開を過ぎて散り 今は新緑が目にまぶしい季節になった。
時の移り変わりに改めて感心する今日この頃。
昔から、「春は別れと出会いの季節」と言われるように 卒業、そして入学に始まり、就職、退職・・・と 色々な別れと出会いがある季節だ。
私にも又新しい出会いがあった。
HPを開いて一年になるが 本当なら知り合うことも無く一生を 終わっていたはずの人たちと、こうして 出会えて、お付き合いをさせてもらえることの 喜びをかみしめている。
この最近、私は自分が少しずつではあるけれど 変わっているという感じがするのだ。
何が私を変えたか?
それは、人との出会いであるように思う。
私は自分の病気のことを盾にして 自分自身のことを甘やかしたり弁護するのは嫌だ。
でも、私は先天性の心臓疾患を持って生まれた から確かに他の人たちとは違ったものの見方や 考え方をしていたと思う。
それが良いか悪いかはわからないけれど 私の人生は19歳で終わると信じて生きてきたから 刹那的でもあったし、子供としては可愛くない覚めた目で 周りのことを見てしまっていたように思う。
19歳で一生を終えるから、絶対に後悔のない 人生にしたいと思っていた。
だから、親にも心配をかけたし、回りの人たちにも 心配をさせてしまった生き方をしていた。
本当にいつも半ば投げやりな人生を 送っていたような気がする。
幸い?にも私は19歳では死ななかった。
医学の進歩によって、昔ならできなかった手術も できるようになり、私は死ぬことなく こうして50歳まで生きてくることができた。
勿論生き易い人生ではなかったし、 あの時にもう一度戻る事ができるなら もっと素晴らしい生き方をするのにと 思うこともある。
でも、神様は公平だから、どんな環境の違った人にも 同じ時間をお与えになっている。
お金では買えないものイコール時間という 公平で大切なものによって いくら今が嫌で仕方なくても死なない限り 逃げることができない仕組みになっている。
私はこの頃今の自分が可愛くてたまらない。
若い頃から否定的なものの見方をして、 自分自身に厳しくしていたし、 いつも気を張って、頑張って生きてきた。
完全を目指そうと頑張ってきた。
でも・・・
でも・・・
でも、それは到底無理なんだということに気がついたのだ。
世の中の流れに掉さして生きていくとしんどいと いうことに気がついた。
流されて行くのも良いじゃあないかって思えるようになった。
良い意味での「好い加減」な人生こそ、一番大切で 自分自身にとって楽な生き方ではないかと思えるようになったのだ。
もっとりラックスして、ゆったりとした気持で 毎日を過ごすことの大切さに気づいた。
50歳を過ぎて初めて気づくなんて、なんと遅いことだろう。
今までの50年は私にとってはとてもしんどい50年だった。
私には一生懸命に生きていく生き方しかないと思っていたから。
でも、もう少し楽な生き方をしたいと思う。
今春ある人との出会いがあった。
その人のお陰で私の人生にたいする考え方が 少しずつ変化してきたのだ。
もしその人に出会わなければ私は自問自答しながら 今もまだ自分自身を苦しめる生き方をしていたはずだ。
人との出会いの大切さをしみじみ感じている。
そして、私を楽な生き方ができるように変えてくれた 友人に心から感謝している。
最近私は鏡を見るたびに、自分の顔が輝いていると 感じている。 美しいとか醜いとかいうのではなくて キラキラしている、輝いている、 生き生きしている・・・
そう思えるのだ。
でもこれは私一人が感じていることだから 周りの人たちから見ればそんなことないと 言われるだろう。
でも良い。
私は今の私が大好きだ。
季節は初夏へ向かっている。
私の心の中の季節も長かった冬から春へ移り 今は新鮮で眩しいばかりの明るさでいっぱいの 季節を迎えている。
スカーレット
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