スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
今朝の新聞を見ながら思うこと。
人は死ぬんだってこと。
イラクのバグダッドにアメリカ側がミサイルで攻撃し 民間人が15人死んだとのニュースが載っていた。
「人の命は地球より重い」と誰かが言った。
でも、この今の状況ではその命の重さがなんとも 思われていないのが悲しい。
何故?
そして、折込に葬儀社による死亡広告を見て、私の心は いっそう暗くなった。
この広告を見ていると、49歳や、51歳、57歳という 若い方が亡くなっている。
私と同年代の人たちである。
喪主の欄は妻の人もあり、長男の人もあるが 残された遺族のことを思うと胸が痛む。
死においては、若いも年寄りもなく悲しみの深さに違いはない。
でも、あまりにも若くして亡くなっている人をみると まだまだ心残りのことがあっただろう?と思えて 余計に心が痛む。
勿論高齢者の人にとってもまだまだしたいことは あったはず、でも、人間として避けられない死は 確実のその人の未来を奪ってしまうのだ。
毎日が何もなくて過ぎている今日、私にとっては一番の 悲しみになるであろう母の死が日に日に近づいている ことは確かなことなのだ。
考えたくないと思う。
母はずっと私の側に居てくれると思いたい。
だから、私は母より先に逝きたいと思い続けてきた。
子を亡くす親の気持を考えてないわけではない。
子に先立たれるほど親として辛いこともないと思う。
でも・・・
でも・・・
でも、私は母を失いたくない!!
今年の5月で母は82歳になる。
女性の平均寿命に近づいている。
母には私が生きている間中、生きていてほしいのだ。
今朝、NHKのFMの朝のバロック音楽を聴いていた。
バッハのバイオリン協奏曲とビバルディのチェロソナタを 聴きながら思ったことは 私の残されるものは何もないということ。
淋しいけれど本当だ。
私には母しか居ない。
母しか私のことを分ってくれる人は居ない。
孤独感を覚える・・・
この淋しさを癒してくれる人は私には母しか居ない。
私の人生50年間で、母程私のことを思ってくれた人は居ない。
もしも、命を取り替えることができるなら 私は母と入れ替わりたい。
母のお葬式のことなど考えるのも嫌だ。
死んで欲しくない!!
ずっと私の側に居て欲しい!!
情けない私・・・
我儘な私・・・
でも、
でも、
でもこの今の私の心は叫んでいる。
母との思い出をいっぱい作りたい。
母の顔
母思い出
母の心
私はずっと忘れないで居たい。
「母さん、絶対にこれからも私の側に居てね」
スカーレット
|