スカーレットの心のつぶやき
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今日、姉が私にヴィトンのバッグを買ってくれるというので 三越へ行った。 長く勤めていた会社を退職した記念に買ってくれると言う。
私は15年くらい前に、誕生日のプレゼントにやはりヴィトンの ショルダーを買ってもらっている。 このときは母からのプレゼントだったと思う。
又結婚する前に夫から、トラサルディの抱えるタイプのバッグを 買ってもらった。
私のブランドものはそれだけ。
でも、今の日本中”ブランドもの”に身を固めた人々が街を歩いている。
高価なバック、洋服、靴、装飾品・・・
それらに飾られた人々が街を歩いている・・・
何故ブランドものなのか?
�”兵舛�良いから ��耐久性に優れているから ��ファッションセンスが良いから �ぅ屮薀鵐匹發里世韻念多瓦垢襪�ら �ゼ�分が人に対して優越感を味わえるから �Δ發ξ匹で�になったので、良い物を持ちたいから
色々と人に寄って理由は違っていると思う。
確かに値段を出しただけの値打ちはあると思う。 否、なくてはならない。 ¥100と同じものならブランド物を買う必要はないから・・・
でも、
でも、
でも・・・
待って!
ブランドでないといけないと思うのは、どこか変じゃない?
高価なものを身にまとうという快感、 あなたとは違うのよという優越感、 高価なものをプレゼントしてあげたいと思う気持、 でも、これで満足していいのだろうか? 淋しすぎないか?
ブランドで身を包み歩く○ネル、歩く○○ダ・・・
綺麗に着飾り、色んなブランドのものを身に付けて、
さも「私はあなたとは違うよ」と言わんとばかりに歩いている。
その姿は、まるで、色々な綺麗な色の羽を付けて 喜んでいるカラスと同じだ。
カラスは自分の姿が真っ黒で、コンテストに出ても負けると思い 他の綺麗な色をした鳥たちの羽を拾って 自分の体中に付けた。
でも、結局はそれは偽であり自分の黒い姿がみんなに分って 余計に惨めな気持になった。
綺麗な姿はカラスにはできないけれど カラスはカラスの黒い姿が一番なのだ、
人間だって同じことだ。
ブランドもので身を固めても 結局は自分自身の問題ではないだろうか?
なにか忘れてないだろうか??
○ネルでもなく、○トンでもなく、○ッチでもなく 自分自身、そう私というブランドを。
私というブランドは私しか持っていないものなのだ。
内面がある人は、外見を飾ることはしない。
自分がない人が、外見に拘ってブランドに執着するのでは ないだろうか?
それは淋しいことだと思う。
ブランドじゃなくても良いじゃないか! 安くても自分に似合っているのが一番。
○○クロもあるし、○○良品もあるよ。
100円ショップのものでも良い物はあるはずだ。
勿論自由だから、私は絶対に○○ネルじゃないと嫌だを思う 人はそれで自分を満足させれば良い。
人のことをとやかく言うのは、言っている人がブランドに対して 偏見を持っているからだ。 偏見を持つっていうことは、ブランドに憧れているからだ。
だから、私は思う。
ブランドもので身を包んでいる人も、○○クロの安い服を着て スーパーで買ったバッグを持っている人も みなその人たちが満足していれば良いのだと。
そして、もっと自分自身を磨きたい。 自分の心を磨きたい。
そして世の中に人がみな自分を磨くことをすれば きっとやさしさやいたわりの心が 満ち溢れると思う。
花を見ても空を見ても美しいと感じる心 その心さえあれば、きっと自分だけのブランドを持てると 信じている。
皆、自分自身の心の中に自分を愛する心、人を愛し思いやる心を 持とう!
それこそ、あなたのブランドになるのだから・・・
スカーレット
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