スカーレットの心のつぶやき
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2003年02月27日(木) ブランドということ

今日、姉が私にヴィトンのバッグを買ってくれるというので
三越へ行った。
長く勤めていた会社を退職した記念に買ってくれると言う。

私は15年くらい前に、誕生日のプレゼントにやはりヴィトンの
ショルダーを買ってもらっている。
このときは母からのプレゼントだったと思う。

又結婚する前に夫から、トラサルディの抱えるタイプのバッグを
買ってもらった。

私のブランドものはそれだけ。

でも、今の日本中”ブランドもの”に身を固めた人々が街を歩いている。

高価なバック、洋服、靴、装飾品・・・

それらに飾られた人々が街を歩いている・・・

何故ブランドものなのか?

�”兵舛�良いから
��耐久性に優れているから
��ファッションセンスが良いから
�ぅ屮薀鵐匹發里世韻念多瓦垢襪�ら
�ゼ�分が人に対して優越感を味わえるから
�Δ發ξ匹で�になったので、良い物を持ちたいから

色々と人に寄って理由は違っていると思う。

確かに値段を出しただけの値打ちはあると思う。
否、なくてはならない。
¥100と同じものならブランド物を買う必要はないから・・・

でも、

でも、

でも・・・

待って!

ブランドでないといけないと思うのは、どこか変じゃない?


高価なものを身にまとうという快感、
あなたとは違うのよという優越感、
高価なものをプレゼントしてあげたいと思う気持、
でも、これで満足していいのだろうか?
淋しすぎないか?

ブランドで身を包み歩く○ネル、歩く○○ダ・・・

綺麗に着飾り、色んなブランドのものを身に付けて、

さも「私はあなたとは違うよ」と言わんとばかりに歩いている。

その姿は、まるで、色々な綺麗な色の羽を付けて
喜んでいるカラスと同じだ。

カラスは自分の姿が真っ黒で、コンテストに出ても負けると思い
他の綺麗な色をした鳥たちの羽を拾って
自分の体中に付けた。

でも、結局はそれは偽であり自分の黒い姿がみんなに分って
余計に惨めな気持になった。

綺麗な姿はカラスにはできないけれど
カラスはカラスの黒い姿が一番なのだ、

人間だって同じことだ。

ブランドもので身を固めても
結局は自分自身の問題ではないだろうか?

なにか忘れてないだろうか??

○ネルでもなく、○トンでもなく、○ッチでもなく
自分自身、そう私というブランドを。


私というブランドは私しか持っていないものなのだ。

内面がある人は、外見を飾ることはしない。

自分がない人が、外見に拘ってブランドに執着するのでは
ないだろうか?

それは淋しいことだと思う。

ブランドじゃなくても良いじゃないか!
安くても自分に似合っているのが一番。

○○クロもあるし、○○良品もあるよ。

100円ショップのものでも良い物はあるはずだ。

勿論自由だから、私は絶対に○○ネルじゃないと嫌だを思う
人はそれで自分を満足させれば良い。

人のことをとやかく言うのは、言っている人がブランドに対して
偏見を持っているからだ。
偏見を持つっていうことは、ブランドに憧れているからだ。

だから、私は思う。

ブランドもので身を包んでいる人も、○○クロの安い服を着て
スーパーで買ったバッグを持っている人も
みなその人たちが満足していれば良いのだと。

そして、もっと自分自身を磨きたい。
自分の心を磨きたい。

そして世の中に人がみな自分を磨くことをすれば
きっとやさしさやいたわりの心が
満ち溢れると思う。

花を見ても空を見ても美しいと感じる心
その心さえあれば、きっと自分だけのブランドを持てると
信じている。

皆、自分自身の心の中に自分を愛する心、人を愛し思いやる心を
持とう!

それこそ、あなたのブランドになるのだから・・・




スカーレット