| 2010年08月23日(月) |
熊田紺也『死体とご遺体』★★★☆☆ |
 熊田紺也『死体とご遺体』
【内容情報】(「BOOK」データベースより) 湯潅とは、死体を洗い、化粧をほどこし、仏衣を着せて旅立ちのための“ご遺体”にする儀式のこと。かつてCM業界で活躍した著者は、バブル崩壊による倒産に見舞われ、紆余曲折のすえ、湯潅サービスの起業にたどりついた。以降十年、出会ったご遺体はかれこれ四千体―。死者を抱き、洗い続けること。そこからみえる、現代の死生の姿とは。
心に残ったところ。
「その結果、それまでは『ただの赤の他人のうす汚い死体』にすぎなかった一個の身体が、ようやくにして『尊厳のあるご遺体』になったという実感もふつふつと湧いてきた。」(p21)
死体をご遺体にする。してくれる。 これってすごいお仕事だ。
かつては身内がやっていて、それはそれは慣れてないので大変だったそう。 ニーズのあるところにサービスは生まれる。
湯潅作業の具体的な流れもよくわかりました。
喪家訪問→遺体確認→機材セット→末期の水(逆さ水)→身体洗浄・洗髪→着衣の着せ替え→化粧・整髪→納棺→葬家退出
この作業の一部にご遺族を参加させることで、癒しを与えることにもなると。
第三章の「記憶に残る特別なご遺体」では様々なご遺体とその背景から感じたことを綴ってらっしゃいます。 飛び降り、やけど、死後硬直、蛆のわいた遺体。プロといえど、大変な思いをされたことと察します。
「こういう仕事をし、こういう遺体を度重ねて見ていると、現代とは自分がいつどんなときに生命を失うことになるか、全く予測のつかない時代なのだなと実感する。そんなことはわかっている、という方も多いだろう。だが、悲惨な事故死体を自分の目で見てみるといい。たいていの人は恐怖ですくみあがるはずである。」(p117)
だからこそ、「今」を悔いのないように生きなくちゃなぁと思います。 義務感でしんどくなってしまっては本末転倒だけれども、悔いは少ない方がいい。
「第4章 妻は語る」では、仕事のパートナーとしてメイクを担当される奥さんの言葉にも、やっぱりいいお仕事をされてるんだなぁと実感。
プロ意識。
「仕事にはキャリアを積んで慣れていい部分、慣れなくてはいけない部分と、絶対に慣れてはいけない部分があると思うんです。」(p163)
便利な時代だけれども、湯潅だけはコンビニエンスになってはいけない仕事だとおっしゃいます。
死を考えることは、生を考えること。
人は裸で生まれて、裸で死んでいく。
生まれた時も、死ぬ時も、無力。
【目次】(「BOOK」データベースより) 序章 四十九歳の誕生日、私は初めて遺体を洗った 第1章 CM制作会社社長から湯潅師へ 第2章 湯潅サービスを起業する 第3章 記憶に残る特別なご遺体 第4章 妻は語る 第5章 四千体の手応えと、来し方行く末
熊田紺也『死体とご遺体』(楽天) 『死体とご遺体 夫婦湯灌師と4000体の出会い (平凡社新書)』(Amazon)
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