| 2008年06月22日(日) |
荒井 菊子『捨てる美徳・捨てない美徳』★★☆☆☆ |
 捨てる美徳・捨てない美徳 荒井 菊子 文芸社
数々の捨てる本(大塚さん風に言えば、レット・ゴーさせる本)を読んできた私には、この一冊は「捨てる美徳とかいうけど、捨てない(捨てられない)美徳にもっと目を向けよう」という立ち位置で書かれたように感じました。
ぶっちゃけ、何でもかんでも捨てないわよそれが何か!って感じを受けました。
著者の「捨てた方がすっきりしていいんだろうけど、やっぱり捨てられないわ〜戦前だもの〜でも〜」という揺らぎが読んでてちとつらかったです。
著者は昭和6年生まれの知性と行動力にあふれた女性。
子どもが独立して広い家から二人暮らしにちょうどいいサイズの家に引っ越し、たくさんの物を処分したそうです。 8LDKの戸建ら3Kだから、相当な量だったと思われます。
心に残ったところ。
「妙秀さんは着物をよそからいただいたりすると、縫い直して困っている人にあげたり、小物を作って人にあげたりして本当に欲のない人だった。だから妙秀さんが逝ったあと、身辺には何も残らず、単衣と袷が1枚ずつだけだったそうである。」(p13)
妙秀さんとは、本阿弥光悦さんの母上だそうです。 立つ鳥後を濁さずとはまさにこのこと。 とうていなれるとは思えないけれど、こういう方がいらっしゃることを心に留めておきたいと思ったエピソードでした。
…と、こんなエピソードがあったりするので著者の目指すところもそうかと思いきや、その逆のようで。
辰巳渚さんの著書『「捨てる!」技術 』で捨てられない親世代にも向けられた「それでも捨てなさい」というメッセージに対して背筋が寒くなるという著者。
「何も急いで捨てることはない。人それぞれの人生が終ってから捨ててあげてもいいのではないだろうか。それまで、人は自分の好きな物に囲まれて生きる。それだっていいのではないか。人それぞれの価値観は違うのだから。」(p45)
「人それぞれ価値観が違うのだから、たとえ親娘、兄妹と言えども、捨てなさいと言うのは傲慢とも言えるのではないだろうか?」(p35)
…よくわからなくなりました。 価値観の違い、価値観の違い、って要するに自分のすること(捨てないこと)に文句つけるな、ってこと…?
ここを読んで思い出したのは、余命数ヶ月の片づけられない女性の家財の整理で大変な思いをされたご家族の女性のブログと、遺品整理のプロが書かれた『遺品整理屋は見た!』。
人生が終ってから捨ててあげても…って、自分の死後、お片づけは任せた!私は生きてるうちはしたくないから!ってことだと思うのですが、それってどうかと。 著者は戦前の方だし、おそらく堅実にいいものを大切に長く使われてきただろうし、物がそんなに多すぎることもなく、ガラクタに囲まれて身動きがとれない状態でもないんだと思います。 だから遺品整理といってもほんとに彼女の場合はたいしたことがないのでそうおっしゃっているのかもしれません。それこそ、理想。
『あした死ぬかもしれないなどと言わないでもらいたい。』(p46)『そんなこと今から考える必要はないと思う。』(p48)とおっしゃる著者は、きっと毎日を悔いの残らぬよう過ごしてらっしゃるのだと思います。 それも理想。
そんな理想の過ごし方ができてない自分は、やっぱり遺品どころかガラクタ、ゴミの山を少しでも減らしていかなきゃいけないなぁと思います。 ほんと、「死後は任せた!といってもあんだけしかないから大丈夫だよね」と言えたらいいなぁ。
でもやっぱりひっかかる。
「捨てるのはいつでも捨てられる」(p58)
生活に支障がなければ何でもかんでも慌てて捨てなくてもいいじゃないかと著者はいいます。
捨てるのは、何でもかんでも捨てたいからではなくて、捨てるのがいいことだからではなくて、自分が気持ちよく暮らしたいから。 と、私は思うようになり、捨てることに向き合っています。 また、いつでも捨てられる、はウソだとも。その考え方ではいつまでたっても捨てられない。
その辺の価値観(出た!)が違うんだろうなぁと思います。
共感できたところ。
整理整頓、収納術について。 「なんでも、自分の考えでやらなければモノは片付かない。」(p69)
着物は一点物を。 「自分の体に合うし、一点物だから決して飽きがこない。」(p106)
ゴミの処分に関するトラブルについて。 「大体、物が多すぎるから、こういうことになるのではないか。物あまりだから捨てる。それなら始めから買わなければよいのだ。」(p114)
捨てることに対して、いろんな考えの方がいらっしゃる、そしていていいのだ、自分のスタイルを持つというのは大切なことだなと思えた一冊でした。
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