| 2006年12月13日(水) |
京極 夏彦『覘き小平次』★★★☆☆ |
 『覘き小平次』 京極 夏彦 中央公論新社
5冊目の京極夏彦さんです。
うーむ、面白い。というか、スキです、こういうの。
『豆腐小僧』もそうだったけど、登場人物があっちこっちぶっとんじゃってて、でも最後は納まるところに納まってスッキリ、というのは安心できますね。
このお話も、先が読めてしまったところはあるけれど、読み切れなかった伏線にはっとさせられたり、楽しめました。
そして、考えさせられました。
生きていること、死んでいること。
他人の心を、どこまで慮るのがよいことなのか。
口を噤んでしまうのは、いけないことなのだろうか。
生きている時から死んでるような男、小平次。
役者としては全く目が出ず、それでも幽霊役だけははまり役な、それほど存在感のない、いるだけで周囲の人間をいら立たせ不安にし、殺意さえ覚えさせてしまう、押し入れに引きこもった男。
その小平次が芝居の巡業先で巻き込まれた事件の真相は。 親を惨殺された歌仙の敵討ちは。 殺しと憤怒が日常の運平の悪事はどこまで続くのか。 お塚の恋の行方は。
心に残ったところ。
「『あなた様は--迷うことはないと仰せになった。そのままで良いと』 言ったかなと治平は恍惚ける。 『ただ--楽ではないとも仰った。確かに楽では御座いませんが』 私は私の在り方でしか居られぬと悟りましたと小平次は言った。」(p353)
死んだように生きていると妻に言われても、それが小平次の自然な振る舞い。
つらくても、それが自分の選んだ生き方。
読み進めるうちに、気持ち悪かっただけの小平次に気持ちが入っていく自分に気がつきます。小平次の気持ちがわかる。痛ましくなる。薄い小平次に厚みが増していく。
なんともいえない哀しみの残るストーリー。
『覘き小平次』
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