DAYLIGHT
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Wrighterd by enatsu :h/b

三上と渋沢と永遠の「ロングウォーク」

「傷のことを今でも聞きたいか?」
 カーブを曲がるとキャンプに来ていた大勢の子供がきーきー声を上げて手を振った。
「うん」ギャラティがいった。
「どうしてだ?」マクヴリーズはギャラティを眺めたが、突然無防備になった眼は、彼自身を探っていたのかもしれない。
「力になりたい」ギャラティがいった。

(中略)

「プリシラが殺してくれてればよかった」マクヴリーズがいった。「そうすれば、少なくとも――」
「取るに足らなくない」ギャラティがひきとった。
「そうだ。それに――」
「なあ、よければちょっと眠りたいんだ。かまわないか?」
「うん、すまなかったな」マクヴリーズは気を悪くしたらしく、硬い声でいった。
「おれの方こそすまない」とギャラティ。「気にしないでくれ。ほんの――」
「ささいなことだ」マクヴリーズがしめくくり、三回目の荒あらしい笑いを残して歩み去った。ギャラティは――これが初めてではなかったが――ロングウォークの間に友だちをつくらなければよかった、と後悔した。友だちがいるためにつらくなりそうだった。実際、すでにつらくなっていた。

スティーヴン・キング(R・バックマン名義)「死のロングウォーク」から引用。

ロングウォークはどこまで歩き続けられるかを競うゲームだ。一度歩き始めたら途中で立ち止まることは許されない。歩くのをやめれば死ぬ。自分以外の参加者の全員を敵と見なして憎しみを向けるものもいれば、誰とも口をきかない者もいれば、会話をするものもいる。極限状況で芽生える信頼と共感と共依存。しかしゲームの勝者はたった一人だけ。ロングウォークは歩行者が最後の一人になるまで続けられる。100人の参加した少年たちのうち、99人は必ず死ぬ。
読んでる間中、なんでかずっと三上と渋沢のことを考えてました。渋沢とマクヴリーズは多分そんなには似てないと思うけど、「ギャラティの眼から見たマクヴリーズ」は「三上の眼から見た渋沢」にすごく近いんではないかという気がする。すごくする。

99人を歩き倒して優勝するつもりだと言ったマクヴリーズ。だけど優勝したら賞に何をもらうつもりかと聞かれたら、何も欲しいものが思い浮かばないと言う。「三銃士ごっこ」をするつもりはないと言いながら、立ち止まりそうになるギャラティの腕を何度も引っ張った。ギャラティの眼に映るマクヴリーズは、誰よりもこのゲームに適性があり、精神的にも強そうに見えた。だけどそう見えたのは、マクヴリーズにはこのゲームに参加したはっきりとした目的があったからであり、そして彼自身も最初は自覚がなく、だけど歩いているうちについに思い当たってしまった彼の目的とは、このゲームに殺されることだった。

そしてギャラティは、自分がなぜこのゲームに参加したのか判ってなかった。その理由を知るために歩き続けているようなものだった。もしかしたらマクヴリーズの眼には、そんなギャラティの方が強く見えていたのかもしれない。

こーゆー立ち止まることが許されない状況下での、憎しみ合いみたいな共依存みたいな殉愛みたいな友情のおはなしを、三上と渋沢で書いてみたいなあとちょっと憧れます。(だからバトみたいのがウケるんだろうなあ)(死に話は自分がしんどいんで書けないんですが)まあ、森って元々、緩い意味ではそういうところだと思ってはいるんですけどね。


……あとちなみに、上水メンバーだと「タワーリング・インフェルノ」か若竹七海氏の「火天風神」みたいのをやってみたいです。危地に向かうポール・ニューマンに妻役のフェイ・ダナウェイが最後の別れの言葉を言おうとするのを「後で聞く」と言って遮るシーンがあるんですが、このセリフは佐藤よりも、むしろあえて水野に言わせたい。

2003年08月02日(土)