おひさしぶりです。

 早速ヤフーのメールをチェックしてみたら、期限が切れ、受信メールが消えていました。もちろん送信メールも。思い出は電子の海で蒸発と言えば美しいけれど、ただただ残念です。


 現在は猫さんと穏やかに暮らしています。多分、光ちゃんとも。

 驚きなのは体の変化。焼け爛れたかの様に全身を覆っていた発疹も、痣も、なにもない体。傷がないって意味ですよ。幸いにもパーツは欠けていないようです。

 本当の意味で痛くない。痛くないと言うか、無痛なんです。生きる痛みと思っていた体のきしみは、普通に痛みだったんですね。

 少し怖いです。ジッとしていると体がどこにあるのか所在が不明で、起きているのに眠っているよう。


 鏡を覗き込んで気付いた事があります。パッと先に写る映像がリアルなんじゃないかと。

 脳が「見た」と意識する前に写ったものがリアルなんじゃないかと言うことです。脳が意識に変換する前の情報です。今日はそれを、少し見た気がしました。長く観察するコツを取得したいものです。

 正常なんて、求めても意味がないかな?そうかもしれない…。

 父方の親族に、お琴の先生をしていると言う上品なお嬢さんがいるのですが、よく似ていると思いました。いやがられるかなあ。


 ただ、足が棒のようでうまく動きません。冷たくなって。マネキンの足がつけられたよう。よくあることなので、もうしばらく休んでいようと思います。

 私が意識をつかむこと自体、何か異変があった証拠。それは、前の人格が集中を保てなくなったから、だったか、意識が薄くなったところになんたらとおっしゃってましたね。O先生は。

 なにがあったのかなあ。知らぬが仏??やぶ蛇は嫌いです。


 海の声を聞いて泣いていた積木に気付いて気が付きました。なんか変ですね。

 そうして、今こうして日記を書いています。ささやかですが、私が生きている証拠。おーい私はここにいるぞとにわかに手を振ってみる。

 時計って、脈動すると言う意味だったんだね…。エネルギーがエネルギーとしてあること。命って意味?

 海に沈んだ命。どう言う意味なんだろう?

 O先生はおっしゃってました。「多分、時計がキーでしょう」と。その時計が最たる謎。影が薄い。隅っこの影。

 長く旅して来ましたが、結局、海に時計を託して待ったものは、覚悟だったのかなあと解釈してみたり…。

 現実に空を見上げると、生き物が生きていくためのクッションに見えます。でも、私たちの意識にとって、そのクッションの役割を果たすものの象徴は海だったのかもしれません。


 多分、積木がマンガを描いています。たまに烏がイラストをこなしているようですが、積木の画力に合わせれるみたいで、よくよく注意をして見ないと差はわかりません。

 私はノータッチです。でも、少し活躍したいのも確か。

 私の整理したメモ、役に立ったでしょうか?あのフロッピー、チェックした後に廃棄したんですね。捨てる必要はあったのか謎ですが、よく覚えれましたね…。


 積木のマンガはこちら
2011年02月05日(土)

寝言日記 / 杏