与太郎文庫
DiaryINDEXpastwill


2008年05月20日(火)  鮭の実家 〜 さかなたちは故郷をめざす 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080520
 
 与太郎は、刺身を好むが、鯛以外の焼魚はあまり好かない。
 亡父は、刺身も焼魚も、牛肉以上に好んだ。
 妻は刺身を好まない。さいきん長男は魚が好きではなくなったらしい。
 
父「牛肉や豚肉ばかり食べすぎると、魚肉が不味くなるのかな」
母「この鮭は、手塩にかけたから、おいしいのに」
父「フルコースでは、さきに魚が出て、あとから牛が出てくるよ」
 
子「獣肉を食べたあとでは、魚肉は食べられない」
父「鮭は、真水の魚じゃなかったかな?」
子「川で生れて、海に出る」
 
父「なんでそうするのか?」
子「鮭は、もともと真水の魚だったが、海に移動した」
父「淘汰されて、海に追われたのか」
 
子「稚魚は、淡水でないと生きられないから、川に戻る」
父「浸透圧の関係かな」
(いつもなら長男のウンチクが続くが、与太郎が話題を転じた)
 
父「なるほど、お前を生むとき、母さんも実家に帰ったからな」
母「兄が、兄嫁の出産と、いろいろ勝手が違うって云ったわ」
父「おれが長男を見たのは数週間後だった。亡父が先に写真を撮った」
 
 次男の出産を待つあいだ、父子は将棋を指していた。
 タクシーに乗るとき、自宅から持ちこんできたからだ。
 やがて看護婦が、真っ赤な猿のような生き物を抱いてあらわれた。
 
 彼女は「お兄ちゃん、弟か妹か、どっちがいい?」とたずねた。
 父と子は、将棋を中断して、その生き物を覗きこんだ。
父「おれ自身には、誕生時のエピソードがないんだ」
 
 与太郎は、高齢(数えて35歳)の母から産まれた。
 伯母は「無事に生れるかどうか、みんな心配した」と云った。さらに
「生れるとすぐに、わたしが指の数を確かめた」と笑った。
 
 会うたびに同じことを云ったが、父も母も微笑しているだけだった。
 病院ではなく、自宅で生れたらしいが、産婆が誰だったか語られない。
 伯母の話では、病院で生れたように聞えるが、たしかではない。
 
 小学校四五年のころ、なにげなく父が「十二月の何日やったかな?」
とつぶやくと、すぐに母が「十日(二十日?)、嵐の日やったのに」と
補足した。戸籍上の誕生日は翌年一月二十日なのに……。
 
 のちのちまで与太郎は、誕生日ごときはそんなものだと思っていた。
 書類上の記念日で、実際の日付とちがっていても、なんの不便もない。
 戸籍上の名の他に、通称を名乗っていたので、さほど違和感がない。
 
 腹のふくらんだ母のスナップ写真が、一枚だけ残っている。
 それ以前の母の写真は、新婚前後のもので、年月日は不詳である。
 生後数ヶ月、歩行器の写真はあるが、どれにも裏書がない。
 
 志賀直哉の《暗夜行路》が、出生の秘密を主題にしているらしいが、
どうも退屈で、読み流してしまった。結婚して、長男や次男が生れると、
それなりのエピソードが記憶されるのに、自分にはないことに気づいた。
 
 ことし五月二十八日、亡母の四十五周忌が近づく。
 
── ひさゑが嫁して入籍したのは三十三才、十五ヶ月のちに一人息子
を生んだ。昭和十四年、かなりの高令初産だった。その出生一月二十日
を六月三十日に届けているのは、戦前の通例としても、当の一人息子に、
お前は実は一ヶ月前に生れていた、とか、時には十二月某日の嵐の夜で
あったとか、その都度あいまいに語っていたのは、記憶が定かでないと
いうよりも、何かの縁起をかついだものと思われる。これまでのところ
実情が分らない。── ゑへ江え恵 〜 母の名(19040707〜19640528)
 
 当時は、出出から六ヶ月以内に届ければよかった。
 六ヶ月以前に生れていたら、六ヶ月以内の日付を申出ればよかった。
 六月三十日に届けると、前年大晦日以後の日付でなければならない。
 
 長男の出生予定日は、大晦日だったが、きっかり一週間前に生れた。
 医者や家族の都合からすれば、もちろん早いほうが安心だ。
 予定より遅くては、まだかまだかと妊婦にも不安が募るからだ。
 
── 「いよいよ明日に決まったぜ、南行きの列車が出るんだそうだ。」
と入ってくるなり、熊中尉が言った。外套の肩にはりついていた雪の結
晶が、ちぢんで水滴にかわる。
「明日だって?」アレクサンドロフ中尉はかがみこんでいたスープ皿か
ら半分だけ顔をあげて、疑わしげに相手をみた。
「じやあ、十二号鉄橋地区の国府軍は、どうなった?」
「消えちゃったらしいね。」「消えた?」
「逃亡したんだろうと思うな……それで、明朝九時に出発ときまったわ
けだ。」(それじゃ、おれの脱出も、とうとう今夜に決まったな。)
――とストーブの灰をかきまぜながら久木久三は思った。そのはずみに
手がふるえ、ロストルが傾き、赤い火の塊りが床にこぼれてしゅうしゅ
う音をたてながら煙をはいた。「注意!」とアレクサンドロフが匙で軽
く皿の緑をうって、事務的に言った。
「鉄嶺(テイエリン)まで直行らしいよ。」と熊がストーブの上のスー
プ鍋をのぞきこんで目をほそめた。
「うまくいくとおれたちも、来年のいまごろは、ウラル越えだな……」
「そいつをいっぱい、ためしてみるかね?」(第一章 錆びた線路 1)
── 安部 公房《けものたちは故郷をめざす 195701‥-04‥ 群像》
http://uraaozora.jpn.org/abekemono.html
 
(20080520)
 


与太郎 |MAILHomePage

My追加