与太郎文庫
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| 2008年01月22日(火) |
始終奏 〜 すれちがった人々 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080122 …… 与太郎の(実際の出生日は分らないが)戸籍上の誕生日は一月廿 日である。(与太郎にとって)ふしぎな偶然だったが、巌本さんの誕生 日が一月十九日、岩渕さんは二十一日だから、どちらも忘れようがない。 (江藤さんは二十二日に亡くなった) http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040121 天才の日々 〜 《初演366年譜》 〜 …… 江藤俊哉氏との対談は(私の都合がつかず)海野義雄氏とも機会 を逸し、当初の構想である“日本の弦楽四重奏談”シリーズは完成でき ませんでした。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040122 未投函書簡の未完草稿 〜 《初演366年譜》 〜 …… 昭和十三年の春と秋に、あいついで巌本 真理と辻 久子、その 翌年は、江藤 俊哉と岩渕 龍太郎が登場して、それぞれ十二歳(数えて 十三歳)でデビューしたのである。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040119 弓ひく乙女 〜 《初演366年譜》 〜 ── “四重奏談”とは四重奏団、および“始終相談”の駄洒落である。 のちに、江藤俊哉氏と会える機会を逃して、対談には至らなかった。 本命は、アカデミア四重奏団の海野義雄氏であろうか。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030217 幻の《弦楽技法》 …… 江藤俊哉氏のTVレッスンで、天才ならではの面白い発想を知った。 速いパッセージの練習を、速度・音程に分離独立させるのだそうだ。 早い部分は、音程を犠牲にして、速さだけを練習する。 同じ部分を、こんどは速度を犠牲にして、音程だけ(ロングトーンで) 練習する。しかるのち両方を合流するという理屈である。 これを交互にくりかえせば、なるほど飽きずに取組めるはずだ。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19711023 トリルがハモる 〜 時を盗む人々 〜 …… 優勝をあらそった江藤俊哉少年と共に、翌年は新交響楽団とバッ ハのドッペル・コンチェルトを協演した天才2少年の話題は、なんとな くなつかしいのである。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691112 日本の弦楽四重奏談 ��岩淵 竜太郎氏に聴く …… 室内楽にとり組まれたのはいつからですか 巌本 変則的にはずっと前からです 最初は渡辺(暁雄)さん井口(基 成)さんとトリオを演ったりしてましたから 黒沼 江藤(俊哉)くんなどもいたんじゃない …… それは斎藤秀雄さんを中心にですか http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690712 日本の弦楽四重奏談 �ヾ猖椰人�弦楽四重奏団
小林 秀雄 文芸評論 19020411 東京 19830301 80 /〜無常といふ事 中村 光夫 文芸評論 19110205 東京 19880708 77 /〜風俗小説論 江藤 俊哉 Violin 19271109 東京 20080122 80 /カーティス音楽院教授 ♀江頭 慶子 江藤 淳の妻 1934‥‥ 和歌山 19981107 64 /“おしどり夫婦” 江藤 淳 文芸評論 19321225 東京 19990721 65 /自傷自殺 /籍=江頭 敦夫〜漱石とその時代/妻と私/遺書「病苦は堪え難し」
…… 江藤 俊哉とのTV対談で「外国で、よく“お兄さん”はお元気 ですか?と聞かれるんです」「お兄さん?」(兄弟ではないが五才年長) http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690320 読み返した本 〜 デーやんの寸稿 〜 …… 減額を 始終相談 クァルテット 2007-12-29 23:20 http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/2007-12-29 仕事納めは減額始終相談 [弦楽四重奏] (20080130)
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