与太郎文庫
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2005年04月20日(水)  内外春秋 〜 ガタロウ vs ヨタロウ 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050420
 
 誰もが、映画《男はつらいよ》の寅さんやガジロウ(佐藤蛾次郎)を
イメージするにちがいない。大道の似顔絵師・ガタロウ氏のページに、
炬燵の哲学者・ヨタロウがエールを送る。春なればこその往復書簡。
 
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 この本の主役ヒッピー風似顔絵師ガタロー事チモト・ヒロシもそんな
一人で、丁度「越中ばんどり騒動記」に取材に来ていた玉川しんめい氏
と地元の変わり者が出入りする喫茶「ボロ」であったのも神の配剤であ
ったろう。しかも初対面ながら十年来の知己に巡り会ったように話が弾
んだ。それもそのはず、ガタローが信望する人物を書いた愛読書「評伝
・辻潤」の著者は、誰あろう目の前の玉川さん。それが別れぎわに分か
り、二人とも合点したのである。
http://www.rak1.jp/one/rak2_pv.cgi?no=hirosipuro8&prof_view=1
 
 増刷願います。 投稿者:hirosipuro82000  2004年09月28日
 
 私はこの本の主人公ガタロウですが、本人が言うのも何ですが、今の
慌ただしい世にのんびり大道で似顔絵を描いてもらおう、という人も少
なく大道絵師も終焉をとげつつあります。
 私は倉敷・大原美術館前でまだやってますが、お客さまの要望多く、
手に入りにくいとの事でした。せめて増刷か、文庫本にしてもらえませ
んか。
 よろしくお願いします。           ちもと・宏 拝
 
── 玉川 しんめい《似顔絵漂流記 〜 アウトドア・ライフの大衆芸人 〜
198512‥ パンリサーチインスティテュート》318P 20cm
ISBNコード 4-89352-009-1 \1365円 (税込)
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=03662740
 
── 彼(遠藤周作)の母はこの竹井(藤蔵)氏の末裔だが、上野音楽
学校「東京芸術大学の前身」でヴァイオリン科の学生であった。安藤幸
「幸田露伴の妹」と共にモギレフスキイの弟子であったが、練習してい
る母の指から血が滴りおちているのを見て芸術の厳しさを知るのだ。
《雑念・・・「一生懸命」2 投稿者:ガタロウ 2005/04/18 10:57:00》
http://mypage.odn.ne.jp/home/masakiti8
 
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 ぜひ《ガタロー漂流記》を!
 投稿者:与太郎 2005/04/20(Wed) 03:57 No.159
 
 とても痛快なホームページなので、一気に読んでしまいました。
 わたしが、もと画学生でなかったら、すぐにも注文したはずです。
 誤植(井川 比佐氏→比佐志/柳沢 信吾→慎吾)は、ご訂正ください。
 
《似顔絵漂流記》の増刷よりも、あなた自身で回想録を書くべきです。
 思いだした順に、どんどん《似顔絵漂流記》を引用して、書き足せば
いいのです(本人だから著作権や印税の心配は無用です)。
 
 わたしの夢は、スケッチブックとヴァイオリンをもって、最後の旅に
出ることです(下記は、わたしの創作童話です)。
 
 ↓《ハーメルン 〜 はてしない物語 〜 20040229 与太郎文庫》
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040229
 
 遠藤周作の母上が(西村眞悟氏の母上とおなじく)ヴァイオリン学生
であったことは初めて知りました。「指から血が滴りおち」というのは、
何かの間違いです(痛くて、とても弾けません)。
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
 
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 与太郎氏、ありがとう。
 投稿者:ガタロウ 2005/04/20(Wed) 10:16 No.160[返信]
 
 君のホムペ見て驚きました。素晴しい感性の持ち主ですね。オイオイ
ゆっくり読ませていただきます。ただ頭デッカチにならない為にも「ヴ
イ★リン放浪記」なるものモノにされては・・
 
 与太郎氏が指摘するまでもなく、私は戦後より四十数年大道で似顔絵
を描き、いつも考えていたのはどうして、こう人間が面白みなく、個性
なく、画一的な人間ばかりなってしまったのか、という事です。
 私なりの考えでは昭和六十年、つまりバブルが始まった時期ぐらいで
はないかと思う。
 また精神衛生法なるものが議決され、全国に精神病院が三十万箇★所
作られ、野宿者を刈り込み、ああいう宇都宮病院みたいな事件が全国で
多発するのである。
 と、同時にかって村や町にはたいてい、ボロをまとった乞食や浮浪者
がおり、人々の施しを受けながら比較的自由★あたりを徘徊していた。
あるいは心病める人があてどなく彷徨する姿がごく身近に見られたもの
である。こうした乞食や魂病める人々のいる風景が、いつしか私たちの
周囲から失われたのは、実はその頃からである。
 私の知る範囲では六十年代前半当時は、まだ乞食ないし魂病める人に
むける地域の眼差しは、どこか牧歌的な寛容さに包まれていた。人々も
それを赦す寛容さも持っていた。
 しかし・・・
 
 平成一三年、失踪者は一〇万二一三〇人、ホームレスは二万四〇九〇
人、重要犯罪(殺人、強盗、放火、強姦、略取誘拐及び強制わいせつ)
は二万一五三〇件にのぼる。しかも失踪者は警察に届け出のあった数だ
けだし、ホームレスも地方自治体のお役人が勤務時間内に確認した人数
であり、公園で夜眠るだけのホームレスや国の管轄の河川敷の路上生活
者はカウントされていない。
 
 また自殺者は三万一〇四二人である。日本では一日に八五人、一七分
に一人づつ自殺していることになる。日本の三分の一ほどの人口の南米
コロンビア(南米では最も危険とされる)の内戦での年間の死者が六千
人前後といわれる。昨年のアメリカでの同時多発テロの犠牲者が3025人
である。
 この数字を見る限り日本は決して平和で幸福な国とはいえまい。私が
もっとも恐れるのはニートとフリーターという若者が一千万以上だとい
うことだ。それほど働く職場に魅力がないのだろうか。
 
 実際、家庭や職場や学校でも、なんとなく居心地が悪く、将来に漠然
とした不安がある。そんな人が増えているのではなかろうか? 
 あるいは中にはすでに居場所を失った人がいるかもしれない。
 
 一体どこで何が狂ったのだろうか? バブルとその崩壊の影響だろう
か? 失われた一〇年とそれに続く未曾有の不況が悪いのだろうか?
 
 けれども経済が悪いからと言ってこれほどホームレスや自殺者が増え
るわけではない。経済が崩壊したような途上国でさえ、日本ほどホーム
レスも自殺者もいない。
 
 してみると失われたのは経済だけではあるまい。むしろわれわれ日本
人の生存の根幹を根こそぎにする何かが失われたのではないか?
 
 私は丁度その頃のノートを三十冊もっており、そこからもう一度、戦
後、日本はどうなったのか、問い直してみたいと思います。
 
 私は身体障害者やアルツハイマーの病院をよく慰問するが、変に明る
く、そこに囚われて?いる人たちの眼はうつろである。いまは精神病院
が明るく、町が暗い時代なのだろうか。
 
http://www.rak1.jp/one/rak2_pv.cgi?no=hirosipuro8&bbs_view=7
 
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