与太郎文庫
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2004年03月03日(水)  早春賦 〜 志ほやの楚蟹 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040303
 
20040226 18:30 三越うらの理髪店を出て、三越倉敷店の地下に降りる。
 
「さすがの瀬戸内海も、冬には旨いものが少ないのです。しかし今年は、
山陰のきわめつけ、楚蟹(ズワイガニ)が手に入りましたので、少し
早めのお祝いです」(五人の恩師にあてた未投函メッセージの草稿)
 
 ひとりぐらしの恩師には、一房の果実がふさわしい。ご夫婦であれば、
二房を仲よく分けあっていただきたい。
 それ以上のものを送ると、金谷先生など「きみ、無理したらあかんで、
はがき一本でえぇよ」と、教え子のふところ具合を心配されるのである。
 
 たぶん岡山の桃と葡萄は、人類史上最高の傑作ではないか。
 もともと《旧約聖書》に登場した葡萄は、マスカットからピオーネに
進化して、いよいよ今年は新種「桃ぶどう」が出荷されるという。
 なんだか幼稚なネーミングだが、テレビ《松本紳助》では「イチゴ・
ぶどう」なるものを試食していた。
 芥川龍之介《杜子春》に登場する「桃の花の咲く家」は、このときは
食用にならなかったようだが、江戸時代から進化して、現在では白桃・
黄金桃などが店頭に並ぶ。
(桃の意外史は、新井佐和子さん宛の書簡に祥述)
 しかし、岡山名産の「桃と葡萄」は夏から秋だけのもので、その他の
季節には、さすがの瀬戸内にも、めぼしい収穫物が途ぎれるのである。


 金谷 昭良 19270830 丸亀 /1948-1950 新洞小学校3・4年ろ組担任
♀芝山 マツ 19271006 京都 /1950-1952 新洞小学校5・6年ろ組担任
 本宮 啓  19240320 京都 /1952-1955 同志社中学新聞部/DJS
 杉井 六郎 19230613 弘前 /1958-1959 同志社高校3年F組司級
 谷本 岩夫 19290114 京都 /1955-1959 同志社高校(化学)

 金谷先生と芝山先生は、あいついで“喜寿”を迎えられる。はじめて
与太郎を受持たれたときの年齢は、それぞれ二十歳と二十二歳だった。
 八月丗日生れの金谷先生や十月六日の芝山先生は、マスカット全盛期
にあたるが、三月廿日生れの本宮先生や、六月十三日生れの杉井先生、
一月十四日の谷本先生には、うまい贈物が届かない。
 
 本宮先生のお誕生日は、最初のメモでは19250308だったが、のちには
19260320と判明、ところが昨年来のDJSOBのHPによると、ことし
“傘寿”とあるので19240320に再訂正することになった。
 
 杉井先生は昨年“傘寿”だったから、ことしは“半寿”にあたる。
 傘の俗字は「从+从」を「八」と略して八十歳、これに横一を加えて
“半寿八十一歳”となる。将棋盤の八十一升から“盤寿”ともいう。
 
 ついでというのは失礼だが、七十五歳の誕生日に(ホームページで)
自ら老人となる決意を表明された谷本先生には、与太郎の造語で“比寿”
を献上しよう。喜寿が「七+七」なら、二画減じて「七+七−十=比」
と見たてたのである。
「もう年齢を数えたり、比べるのは止めよう」という解釈も成り立つ。
 
 長寿の祝いごとは、誕生日がすんでから、という慣例もあるらしいが、
緊張のあまり気分がたかぶり、不慮の事故があってはいけない、という
配慮によるものか。
 かつて、このことに関する「クンツ説」の立証を試みた(未完)が、
いまひとつ目ぼしい発見はなかった。
 
 本来は、お誕生日当日のサプライズ・シャワーがいちばんなのだが、
思うようにはいかない。しかし今年は、諸先生の節目の年にあたるので、
なにか一工夫したいものだと(一昨年あたりから)迷っていた。
 
 ふつう、近くの果実店から届けさせると、ふつうの宅急便の運転手が、
「宅急便です」と声をかけて、チャイムを鳴らす。
 これを、三越から贈ると、宅急便の配達員はインターフォンに向って、
「三越でございます」というそうだ。
 もらいものに慣れた主婦なら、思わず小走りになるところだ。
 
 ところが「志ほやの白桃」は、数日前に予告の電話を入れるという。
「岡山の志ほやでございますが、○○様から季節の品をお預りいたして
おりますが、お届けは何日が御都合よろしゅうございましょうか?」
 いますぐでもいいじゃないか、と考えるのは早合点で、ちょうどよい
食べごろを見はからって、というよりも食べる日にあわせて、ほどよく
熟成した品を選んで届けるのが身上であるらしい。
 留守宅に届けたのでは、極上の風味がそこなわれるからだという。
 
 そこで今年は、三越のテナントに入っている志ほやの店員に相談して、
なにか目ぼしいものはないか、とたずねることにしたのである。
 そこで、めずらしいことにズワイガニをすすめられた。
「むかし死ぬほど食った記憶があるが、瀬戸内海でカニが採れたのかい」
「山陰産なんですけど、ことしはじめて志ほや名物の“塩むし桜鯛”の
伝統技術で、ズワイ蟹を蒸したんです。お値段もお得です」
 
 敬愛する諸先生が、人生の秋に「これは旨い!」と舌鼓を打たれる姿
を想像して、たちまち「日付よりも旬が大事」と思えたので、その場で
予約してしまった。一週間のち(20040303)、5枚の発送伝票を送る。
 
 この店の担当者は才気煥発、当意即妙の受けこたえをするので、つい
長話をしてしまう。ほんとうに面白い会話は、結婚式のスピーチ同様に、
短いほどすぐれているのだが。
 さっきの理髪店での話や、このあとの旅館でのもてなしを自慢して、
最後にこう云ってみた。
「これで、あんたがバイオリンでも弾けると、三題噺にオチがつく」
「娘が、アルト・サックスを吹いてます!」
「フーン、そんなもの吹いてると、ヨメのもらい手がなくなるぞ」
(つい昔の口癖が飛びだす。最近もっぱら自粛しているのだが)
 
 人がよくても食いものが不味い土地に住むか、食いものが旨くて人が
悪い土地に住むか。
 
 人が良い、というのもいろいろで、必要以上の親切は迷惑である。
 利口な人が多いと、理が通って住みやすいが、物価は高くなるだろう。
 岡山に移り住んだころ、地元の人々が口々に土地の悪口を言うことが
不思議だった。とくに「人が悪い」という。
 そのわけは、むかしから災害がなく、海幸山幸の食いものに恵まれて
きたから、助けあいの精神が育たなかったという。みんな、ひとりでに
生きているので、誰かが困っても手を貸さないという。
 
 そういえば思いあたることがある。
 岡山県の自家用車保有率は日本一だという。そのわけは公共交通機関
が普及していないからである。県内の「岡山駅前行き」と書かれたバス
に乗ると、ようやく岡山駅が見える地点で、なぜか大きくカーブする。
さきに「バス・センター」というところに着けるためだが、何のことは
なく、地元デパートの玄関口なのである。
 第二副都心の倉敷駅も、駅を降りてすぐ目の前に、手をのばせば届く
ほどのところに「バス・センター」があるのに、かならずや、いったん
地下道をくぐらないとバスに乗れない。この地下道もまた、デパートに
通じているのである。
 
 こういう不合理な交通行政は、おおくの地方都市に共通しているはず
だが、他にもっと問題があるので目だたないのであろう。
 そこで、与太郎は考える。
 人がよくて食いものが不味い土地に住むか、人が悪くても食いものが
旨い土地に住むべきか。
 若いときは、自分を引きたててくれる人に会うことも大切だが、年を
老いてはその望みもなくなり、いずれ誰とも口を利かずに暮せるのだ。
 まったく災害の心配もせずに、日々山海の珍味を口に運んでいると、
ときには申しわけない気がして、居心地がわるいこともある。
                        (Day'20040305)
 
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 【賦】●は俗字 漢呉 フ \廼癲I蠕猫∪犬泙譴弔。天賦。賦性。
賦質わける。わけ与える。賦与い靴=布ゼ茲蠅燭討襦とる「−納」
Υ岨輅犬琉貘劉Я燭諒験悗料深から出て漢代に流行した、散文化した
韻文(イ)特に、叙事体のもの詩経の詩の作法の一、ありのままを歌っ
たもの┿蹐鬚修蘰匹澆垢覘詩を作る。賦詠兵、昔は田賦によって兵
を出したからという「兵−」
── 長沢 規矩也《新明解漢和辞典 19740410 三省堂》P492
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