与太郎文庫
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2003年12月01日(月)  ミス東京に出前一丁!

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031201
 
 1960年代のはじめ「西の美人座、東のミス東京」とならび称された
ころの記憶である。安保闘争で、東京中がデモっていたように伝える
書物もあるが、与太郎にとっては平穏な日々だった。
 
 ミス東京の事務所では、毎日午後五時から六時開店まで、すべての
電話がホステスのために開放された。なにしろ在籍800人、常時500人
といわれたマンモス・キャバレーだから、受話器ごとに数十人の行列
ができる。いまどき羽振りのよい「ハゲ・デブ・チビ」の退社直前を
ねらって、あまい声の誘惑合戦がはじまるのだ。
(業界三大禁句は「メガネ・スケベ」を加えて、五大禁句ともいう)
「サーさん、ここんとこすっかりご無沙汰じゃない、どっかでいい人
見っけたの」「今晩わたし、とってもさみしいの」「今夜のショーは
ビンボー・ダナオなのよ、あたしサーさんと二人っきりで聴きたいワ」
 このあと受話器をおいてから、ペロリと舌を出すこともあるので、
電話のむこうでヤニ下がっている様子が、第三者にも伝わってくる。
 
 経理課長の森さんは、とても面白いゲームを思いついた。
 あるとき、ひとりのホステスが電話をかけ終えて「お腹がすいたわ、
ねぇ課長、ラーメンの出前たのんでいいかしら」という。
「いいよ」
 森さんが電話番号を教えて目くばせをすると、なぜか隣の秋山さんが
自分の受話器をもって机の下にもぐりこんだ。
 ホステスが教わったとおりにダイヤルすると、すぐにつながった。
「はいこちら、来々軒です」
「ラーメンおひとつ、ミス東京の事務所までおねがいね」
「はいはい、ラーメン一丁ですね、ありがとうございます」
 このあと彼女は、椅子に腰かけてラーメンが届くのを待つ。
「おそいわね、まだ来ないの」
 森さんのそばで秋山さんが、なぜかクックッと笑いをこらえている。
 森さんが、まじめな顔つきで彼女に助言する。
「あそこは、よく流行ってるからね、もういっぺん催促してみたら?」
「そうね、じゃぁもういっぺんかけてみるわ」
 ここでふたたび(先ほどの)電話番号がダイヤルされて、秋山さんが
机の下にもぐりこむ。
「はいはい、来々軒です」
「さっきラーメンおひとつ頼んだのに、ずいぶんおそいわね」
「すんませーん、たったいま出るところです」
「あらそう、それじゃ急いでね」
 こんどは秋山さんが(机の下で)どこかにダイヤルしている。
「もしもし来々軒? こちらミス東京の事務所だけど、ラーメン一人前、
いそいで持って来てくれる?」
 三人(ホステスと森さんと、秋山さん)で首を長くして待っていると
ようやく出前持ちがあらわれる。
「ちわー、毎度ありーっ。ラーメン一丁お待ちーっ」
「おそいわねぇ、あんたの店!」
「えっ? すぐに持ってきたんですけど」
「いいからいいから、来々軒はいそがしいんだ」
 森さんと秋山さんが目くばせする中で、ホステスは機嫌をなおして、
ようやく夕食にありついたのである。
 
 本来は、数百人のホステスがいる中で、ひとりだけ事務所でラーメン
をすすることはありえないが、この日は何か特別な事情があったらしい。
 従業員食堂があり、給料の一割は食券で仮払いされるので、タバコや
日用品を買うことができる。
 したがって、きのう家出してきた娘も、その日の食事にありつける。
 やがて、スゴ腕のホステスとなれば、タクアンとライスだけ食べて、
客のオードブルで栄養補給しながら貯金することもできるのだ。
 
 新橋「ミス東京」は、現在の第一ホテルの隣にあった。1970年に上京
のおりに訪問したときには、ダンスホール「フロリダ」に改装されてい
たが、社員たちはもとのままだった。そして1984年には姿を消していた。
 そもそもは本邦初のダンスホール「フロリダ」をパチンコ業者が買収
したと聞いていたが、あとで調べると場所がちがうので、この件は別に
調べなおしたい。「フロリダ」にあつまった著名人のエピソードなど、
それはそれで面白いのである。
 
 「ミス東京」の芸能課長・梶健吾氏や、専属司会者の宇田川公義氏は、
いまもインターネット上に健在であるから、この人たちのエピソードや
店内での業界用語や隠語・死語についても補釈して、語っておきたい。
ただし(状況説明などが粗略で)落語のように百年以上かけて練りあげ
ることはできないので、すぐさま抱腹絶倒とはならないだろう。
 しかし噺の素材としては、いつ思いだしても痛快なのだ。
 
 当時のホステスたちは、部長さん・課長さんといわず「ブッちょう・
カッちょう」と呼んでいた。秋山さんも「アッキャマさん」という風に、
おたがいが家族や親戚のような親しみをもって接していた。
 古きよき時代の名残である。
 後年、十字屋楽器店の《労働組合新聞》創刊号の原稿をたのまれて、
「仏頂面の部長、チョカチョカするのが課長じゃない」というダジャレ
に転用したところ、組合長の課長がボツにしてしまった。
 
 なお、ビンボー・ダナオなど、ステージの前後にすれちがった芸能人
については、いずれあらためて「出演人名録」で詳述したい。
(Day'20031202)
 
↓“ビンボー・ダナオ”に関する追記。
2004年07月16日(金)  アクセス・ラッシュ 〜 Who is ビンボー ? 〜
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040716


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