与太郎文庫
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http://d.hatena.ne.jp/adlib/20031118 つけっぱなしのテレビを横目で見ながら、次男とふたりでパソコンに 向っている。互いに、まったく別の画面で(それぞれ)作業しながら、 ときに面白い画面に出くわすと(HPアドレスを)メールで教え合うこ ともある。 テレビに目をとめた次男が、ふとつぶやく。 「バラエティ番組に出てるタレントと、役者は、どこかちがいますね」 なるほど、おもしろい着眼かもしれない。 「それは、たぶん役者には、尊敬する作家や、ハムレットのような人物 が存在するからではないか。タモリやさんまが、とくに誰かを尊敬して いるようには見えないな」 息子が、なにげなく思いついた疑問を口にしただけなのに、老いた父 の受答えが、もっともらしく長びき、おまけに昔話が加わって、止まら ないこともある。 さすがに「お父さんの話は、つまらん!」とは云わないまでも、迷惑 そうな表情になるのはやむをえない。 さらに説教調になって「そもそも、最近の若い者は云々」となれば、 いきおい険悪な空気になるので注意を要する。 妻の誕生日、ひさしぶりに二人の倅そろって夕食をともにする。毎日 こんな生活がつづけば、どんなに楽しいだろう。(Day'20031114-1118) 高校二年生のころのガリ版文集から、物語詩《海の鐘》を再録する。 → 1957年03月16日(土) 卒業記念誌《�堯嫺瓜崋匚盥算闇�F組 → 2003年04月19日(土) DJSOB → 廣森ご姉弟のこと >> 海の鐘 デェメル/森 鴎外・訳 猟師が賢い倅を二人持っていた。 それに歌を歌ってきかせた。 「海に漂っている不思議な鐘がある。 その鐘の音を聞くのが 素直な心にはひどく嬉しい。」 一人の倅が今一人の倅に言った。 「お父っさんはそろそろ子供に帰る。 あんな馬鹿な歌をいつまでも歌っているのは何事だ 俺は舟で随分度々暴風の音を聞いた。 だがついぞ不思議な鐘は聞かぬ。」 今一人が言った。「俺達はまだ若い。 お父っさんの歌は深い記念から出ている。 大きい海を底まで知るには 沢山航海しなくてはならぬと思う。 そしたらその鐘の音を聞えるかも知れぬ。」 そのうち親父が死んだので 二人は明るい褐色の髪をして海へ漕ぎ出した。 さて白髪になったふたりが 或る晩港で落ち合って、 不思議な鐘の事を思い出した。 一人は老い込んで不機嫌にこう云った。 「俺は海も海の力も知っている。 俺は体を台なしにするまで海で働いた。 随分儲けたことはあるが、 鐘の鳴るのは聞かなんだ。」 今一人はこう云って若やかに微笑んだ。 「俺は記念の外には儲けなんだ。 海に漂っている不思議な鐘がある。 その鐘の音を聞くのが 素直な心にはひどく嬉しい。」 << http://school.nijl.ac.jp/kindai/CKMR/CKMR-00043.html ── 森 林太郎《沙羅の木 19150905 阿蘭陀書房》
Dehmel,Richard 詩人/物語詩 18631118 Duitch 19200208 56《海の鐘》 森 鴎外 小説/軍医総監 18620217 石見 東京 19220709 61《舞姫/即興詩人》
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