与太郎文庫
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2003年09月28日(日)  泣くな!タツノリ

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030928
 
 タツノリよ、さすがに今季はマズかった。先発の桑田が打たれると、
二流のピッチャーにつなぎ、逆転の見込みがなくなったところで河原を
出した(このため、河原の投手生命は終ったかにみえる)。
 後半戦はもっとひどくて、工藤が打たれると、無名の投手につないで、
試合そのものをブッこわしてしまった。それなら無名の投手を立てて、
勝てそうになってから工藤を出すほうが、よっぽどマシだ。
 ファンは、勝ち負けの結果を知りたくて球場に出かけるのではない。
どのように戦うか、その経過を共有したいのだ。
 
 負けてもいいから、帽子を投げるようなことはしないでもらいたい。
空を仰いだり、うつむいたりしないでくれ。そのまんまテレビに映って
いることが、どうしてわからないのだ。
(大リーグの松井は、連続ノーヒットでも、バットを叩きつけたりしな
かった。かならず顔をあげてインタビューに応じていた)
 
 監督に就任したとき、どうして(最悪の事態を)想定しなかったのか。
6連敗したら即座に「進退伺い」を出すことを決めておくべきだった。
6連敗ならファンに遠慮して、球団は慰留するだろう。そのあと9連敗
となれば、決然として「辞表」を出すべきだったのだ。
 球団がうろうろする前に、一方的に「辞任宣言」すべきだった。
 球団が、後任を手配しはじめてから、顔色をうかがったりするから、
恥をかかされたのだ。みずから出処進退を決断するチャンスは、つねに
一度しかないことを知るべきだった。
 
 今季がぎりの「辞任宣言」ならば、指揮官として最後の6試合に花を
そえることもできたのだ。選手たちも「よーし、やるぞ」という気分に
なれたのだ。ところが、事実上クビになった監督のもとでは、選手たち
もすっきりしない。みんなが監督と目を合わせないような試合なんぞ、
みっともないだけだ。
 
 タツノリよ、始めての挫折を経験したからには、ようやく一人前の男
になるのだ。王や長嶋、ふるくは広岡も川上も、これでもかというほど
の屈辱を知っているのだ。
 タツノリよ、巨人軍名誉顧問などという空虚な肩書きは拒否すべきだ。
(長嶋の終身監督とは立場がちがうのだ。彼だけは巨人の象徴なのだ)
 タツノリよ、ふたたび巨人軍の監督に復帰するなど、茶番にすぎない。
 オーナーや球団社長が、どんな馬鹿であっても、彼らをクビにできる
者はいない。いかに彼らを非難しても、面白いゲームは生れないのだ。
(野球ファンは、球団の収益には関心がないのだ)
 
 タツノリよ、君のファンは少なくない。王や長嶋、ふるくは川上には
およばないとしても、広岡や森よりは多いのだ。これらの天才に対して、
背広しか着たことのないド・シロートが、えらそうな口を利いたりする
のは我慢がならない(いったい何様だと思っているのか)。
 タツノリよ、君のファンは知っている。君が配下の選手たちすべてを
選んだとは思っていない。気にいらない補強やトレードもあったにちが
いない。しかし君がつぶしてしまった名選手もいたのだから、おたがい
さまだ。みんな、背広の組織ではなく、自由という名のユニフォームを
選んだのだから、ひとりひとりが自立すべきなのだ。
 
 タツノリよ、君のファンは泣いている。しかし、君が泣くことはない。
 なんなら星野阪神のバッティング・コーチになって、堀内巨人と対決
してもらいたい。あるいは、王の抜けたホークスを率いて、さっそうと
日本シリーズに登場するもよい。
 ひょっとすると、そのころ10球団1リーグになっていて、それぞれ
堀内・江川・中畑・原の顔ぶれがそろっているかもしれないが……。
 
http://post.messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=2000251&tid=864ffd2rga4a1aa&sid=2000251&mid=18&n=1
2003年9月29日 AM03時02分 Yahoo!掲示板 18 / 18 投稿者: aedlib2000
ホーム > 生活と文化 > ニュース、時事問題 > 全般 > 原監督解任!

── マーティ・キーナート http://news.msn.co.jp/342543.armx
《ナベツネさんが「責任を取って」辞任してはどうですか?》
 


 渡辺 恒雄“ナベツネ”読売新聞社長 19260530 東京 /199105・社長就任
 三山 秀昭   読売巨人軍球団社長 19461112 富山 /20030910社長就任
 堀内 恒夫“悪太郎”元プロ野球投手 19480116 山梨 /20030926監督就任
 原  辰徳    元プロ野球内野手 19580722 神奈川/20030926監督辞任

 
 いつか来た道 〜 誰か巨人を想わざる 〜
 
 代打を立てた時点で、小関2割、二岡4割だったのが、一夜明ければ、
小関0割(公式記録)、二岡4割になってしまった。
 小関が打っていれば、小関10割、二岡4割になったかもしれない。
 
 小関が打つかどうか五分五分、という考え方は、二岡にも通じるし、
もっと云えば他の誰にも当てはまる。
 そんなことなら、スコアも記録も、まったく意味がない。
 
 原は、楽天の野村監督をよく観察するがよい。ノムさんは試合中でも
昔の大学ノートを取りだして眺めていることがある。どういう局面で、
どんな選手が活躍したか、自分だけのデータを持っているのだ。
 
♪ 花つむ内野に球は落ちて みんなで肩を組みながら 唄をうたった
 帰りみち 幼馴染みの あの友この友 あゝ誰か巨人を想わざる
http://www2s.biglobe.ne.jp/~senior/omoide/dareka.html
── 西条 八十・詞/古賀 政男・曲《誰か故郷を想わざる 194002‥ COL》
 
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1184531834/
780 :余太郎:2007/07/16(月) 13:21:26 ID:EjPnqHUI0
http://post.messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=SP&action=m&board=552019959&tid=beae4xaaabcj1fe1ga10a1a3a10&sid=552019959&mid=8&n=1
 

 原  辰徳 内野手 19580722 神奈川 /東海大→巨人(81-95)監督(99-20030926/06-)背番号8[A]
 二岡 智宏 内野手 19760429 広島 /広陵高校→近畿大学→巨人(99-)背番号7[O](誤=智弘0428)
 小関 竜也 外野手 19760724 栃木 / 國學院栃木高校→西武(95-)2003-2005「竜弥」20060415巨人テスト入団。背番号31[A]

 
 7回1死満塁で代打小関が三振 <巨人2−4広島> 東京ドーム
 
── 巨人が9回表に勝ち越しを許し、広島に連敗した。2死二、三塁
で登板した林が、代打嶋に2点適時打を浴びた。外角に決めるはずのス
ライダーが抜けた失投だった。攻撃では7回裏1死満塁で、5番二岡の
代打で送られた小関が3球三振。最大の好機を逸したのが痛かった。こ
の日昇格したばかりだった小関は「スピードに慣れ? 全然問題なかっ
た。(代打は)試合の流れの中での話ですから」とサバサバした表情で
引き揚げた。(20070715 19:17)
http://www.nikkansports.com/baseball/f-bb-tp0-20070715-227550.html
 
(20030929-20070716)
 


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