http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030527
同志社高校シンフォニエッタ関連年表
1904-1905 同志社グリークラブ(前身)発足
1907‥‥ 同志社“グリークラブ”命名(初代指揮者=片桐 哲)
1909‥‥ ヴォーリズ,W.M.作詞《同志社カレッジソング》制定
1910‥‥ 同志社マンドリン・クラブ“SMD”発足(十字屋店主の納入記録による)
191310‥ 同志社プリムローズ・バンド、発足
191311‥ 同志社音楽会(EVEの前身)、開催
19161128 同志社デー (EVEの前身)第一回、開催
1917‥‥ 京都大学学友会音楽部(京都大学交響楽団の前身)、発足
191806‥ 京都フィルハーモニー・オーケストラ定期演奏会、創始
19230121 同志社大学マンドリンクラブ“SMD”全国コンクール優勝
1923‥‥ ホザナ・コーラス第一期生、卒業
1925‥‥ 同志社交響楽団、創設?
1930‥‥ 同志社中等学校吹奏楽部創設“DHS”0記念写真(中堀・柳島)
1933 ca 京都吹奏楽連盟、発足?
19361117 京都帝国大学交響管弦楽団《第九交響曲》指揮=メッテル、大阪音楽学校合唱団(ニュース映画)
194.-1951 同志社高校吹奏楽部(指導=森本 芳雄)
1946‥‥ ホザナコーラス定期演奏会01“DHC”1
1947‥‥ 同志社ジュニア・シンフォニー“DJS”0(全同志社)創設(指導=本宮 啓)
1951‥‥ 同志社ジュニア・シンフォニー“DJS”1(本宮教諭就任)
19511120 同志社中等学校“DHS”1。吹奏楽部=森本 芳雄(49)急逝。長男=昭(16)・次男=理(14)・三男=潔(12)
1952-1956 同志社高校“DHS”2(器楽部長=鎌尾 武男/指揮=田中 成和“フルチン”“ブラバン時代”
195610‥ 同志社高校“弦楽同好会”結成“ブラバン解体”器楽部長=森田 昭典
195706‥ 同志社高校器楽部シンフォニエッタ“DHS”3(ホザナコーラス発表会12)デビュー(指揮=阿波 雅敏)
19581125 同志社高校シンフォニエッタ《ポピュラーコンサート》��
1959081・ 同志社高校管弦楽団ポピュラーコンサート(演奏旅行)
19600219 同志社高校シンフォニエッタ《ポピュラーコンサート》�◆併愆�=大橋 俊治 20030219/60没)
19600407 “DHS”OB=広野 小四郎家で阿波・吉田・馬場・佐伯・若林《第九・第一楽章》を相談
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196006‥ 同志社高校シンフォニエッタ《ポピュラーコンサート》��(指揮=若林 通夫)
1961‥‥ 同志社高校シンフォニエッタ《未完成》指揮=若林 通夫
1962-1973 同志社高校器楽部“DHS”消滅?“氷河期”
196603‥ 若林 通夫、同志社大学卒、京都音楽大学入学。1970パリ音楽院留学。
1967‥‥ 同志社中学“DJS”器楽合奏部に改称。“氷河期”
1974‥‥ 同志社中高管弦楽団“DJS”統合再編(本宮先生復帰)
197504‥ 同志社創立100周年記念式典
19780422 同志社中高管弦楽団“DJS”定期演奏会00(結成記念)
19781.‥ 同志社交響楽団定期演奏会50/貞方 敏郎《同響50年誌》
19790421 同志社中高管弦楽団“DJS”定期演奏会� �
1989‥‥ 同志社中高管弦楽団(本宮先生退職)
199803‥ 同志社交響楽団定期演奏会70/本宮 啓《同響70年誌》
20030326 同志社中高管弦楽団“DJS”《25周年記念誌》
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■2003/05/27 (火) ファミリー
さらだぶてふ さま
「いずれのちほど、くわしい返信を書くつもりです」などといってから、
ちょうど一カ月すぎてしまいました。
なるべく簡潔に書こうとすると、かえってまとまらないのです。
むかし受取った手紙は、ほとんど保管していますが、近年のメールは、
自分の書いたものが保存できるので、あちこちに同じことを書きとばす
ことのないように工夫しています(実は、かなり重複しています)。
いまでは(毎日のように)本宮先生のことが思いだされるのですが、
ヴァイオリンを弾く姿よりも、男声合唱のほうが多いのです。市谷経哉
(英語)先生や、神学部の学生(一人は同響ホルン奏者)と、キャンプ
・ソングを歌う姿です。小学校以来の音楽劣等生だった与太郎が、のち
に歌ったり楽器を弾けるようになるとは、誰も想像できませんでした。
>>
── 同志社中学三年C組の担任は、児玉操(英語)先生だった。九州
大学英文科卒業の才媛で(くわしい事情はわからないが、女手ひとつで
一人娘を育てながら)英語教育への情熱は、コロコロと太った全身にあ
ふれていた。
たとえば、都々逸「♪思いだすよじゃ惚れよが浅い」の一句を英語で
翻訳するむずかしさを説明された。とくに「惚れる」に相当する英語が
見あたらないという。中学生としては、なんと反応すべきか?
正しくは「♪夢に見るよじゃ惚れよが薄い、真に惚れたら眠られぬ」。
→ 《与太郎文庫》2003/01/17 (金) 女手 → 0114の項に収録
中川俊寛くんが、シンフォニエッタ史上三番目のチェリストならば、
貞方英子くんは二番目、器楽部はじまって以来の“紅一点”でした。
与太郎は、彼女を妹のように感じて「ヨメさんの貰い手がないぞ」と
(何度か)からかったことがあります。そのたびに彼女はキッとなって、
「ワタシ、アワさんのおヨメさんなんか、ならへんもん」と答えました。
いま思うに、微妙な年頃の少女に対して不適切な発言でしたが、大学
卒業後たちまち“貰い手”があらわれました。
(当時カメラマンだった与太郎は、彼女の花嫁姿を独占撮影しています)
■
同志社大学英文学部の貞方敏郎教授は、ホザナ・コーラスおよび同志
社交響楽団のOB、《同響50年誌 1978》の編者でもあります。
はじめてお宅に伺ったとき、英子くんの父上は、与太郎に言われた。
「きみは、チェロを選んでよかったね。ヴァイオリンは若いうちだが、
チェロなら年をとってもつづけられる」
さらに先生は、与太郎のチェロを眺めると、こう言われた。
「なんか、瀬戸物みたいな塗装やな。ちょっと、弾いてみなさい」
与太郎が、しぶしぶ練習曲の一節を奏でると、
「なんや、その指使いは。それが新奏法かい?」
与太郎は《カザルスとの対話》から空想して、人差し指と中指の間を
拡げていたが、当時の教則本には載っていなかったのです。
(この奏法については、いまもって語るべきことが多い)
先生の(決して悪気はないものの)最後の一言に、与太郎が傷ついて
いると、英子くんが慰めてくれました。
「お父さんのチェロも、たいしたことあらへんよ。ハイドンの協奏曲を、
毎日一小節づつ上げて(練習し了えて)、一年がんばったら全曲ひける
はずや言うてはるけど、ワタシは無理やと思うねん」
「先生の計算どおりなら、誰でも弾けてしまうもんな」
与太郎が、追いつめられた気分で、あまりにも真剣に取組んでいるの
に比べて、彼女のおおらかな気質は、母上から受けついだものらしい。
英子くんに弟がいて、彼もまたチェロを学びはじめた、ということは
かなり後で知りました。同響OB名簿に貞方和夫(1968卒)の名が見え
ます。五才ちがいの姉弟が、父上と三人で同響のステージに並ぶことも
あったのでしょうか。
ジュニア・シンフォニーに在籍したという、英子くんの娘の名前は、
DJSOB記念誌の名簿には見あたりませんが、ホザナ・コーラスOB
名簿に薮下純子とあります(貞方マキ子は、和夫くんの娘らしい)。
この孫娘たちは、それぞれ三十路にさしかかって、教授の計算どおり
なら曾孫=四代目のチェリストを育てているかもしれませんね。
ではまた。(つづく)
→ 《与太郎文庫》1956年01月01日(日) 然かざりき
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→ 《与太郎文庫》2003/01/17 (金) 女手*0114の項に収録
ホザナ&シンフォニエッタ(客演録 20040527 追記)
■Program of“DHS”1946-19650615
ヘンデル《オラトリオ“救世主”〜ハレルヤ・コーラス》
1946‥‥(?)第01回 ホザナコーラス発表会/指揮=中堀 愛作/同志社栄光館
1947‥‥(?)第02回
1948‥‥(?)第03回
1949‥‥(?)第04回
1950‥‥(?)第05回
1951‥‥(?)第06回
1952‥‥(?)第07回
1953‥‥(?)第08回
1954‥‥(?)第09回
19550618(土)第10回 ウェーバー《舞踏への勧誘》ピアノ=鳥井 雅子
195606‥(?)第11回 (プログラム表紙=阿波 雅敏)
195706‥(?)第12回 ♪ハイドン《軍隊交響曲〜第二・三楽章》指揮=阿波 雅敏
(同志社高校シンフォニエッタ賛助出演)
195806‥(?)第13回 ♪シュトラウス《春の声》ハチャトゥリアン《ガヤーヌ組曲〜ばらの乙女たちの踊り》指揮=阿波 雅敏
19590613(土)第14回 ハイドン《交響曲“おもちゃ”》ベートーヴェン《交響曲第八番〜アレグレット》指揮=有賀 誠一
196006‥(?)第15回 ♪ケテルビー《ペルシャの市場》ズッペ《詩人と農夫》
指揮=高木 宏?
19610610(?)第16回“中堀先生退職記念”♪ビゼー《アルルの女〜間奏曲/メヌエット》シュトラウス《ラデッキー・マーチ》指揮=若林 通夫
19620609(土)第17回 ♪1961?シューベルト《未完成?》指揮=若林 通夫?
1963‥‥(?)第18回 (以後、シンフォニエッタ欠場?)
19640619(金)第19回
19650615(火)第20回 京都会館
(参照)
http://www57.tok2.com/home/hosannafamily/index.htm
── 藤田 隆・編《ホザナコーラス定期演奏会一覧》