与太郎文庫
DiaryINDEX|past|will


2002年03月01日(金)  ろくなやつなし 〜 理科教室の四悪人 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20020301
 
 歴史的建造物がたちならぶ同志社中学にくらべると、山中の田んぼに
かこまれた同志社高校は、どの校舎も安普請で、みすぼらしかった。
 
 入学してまもなく、無人の休日に古い理科教室が半焼する事件があり、
放火ではないかと噂された。このとき“カンちゃん”こと高橋勘教頭は
「焼けた木材に、別々の方向から針のようなものを突きさしてみると、
一方は深く、他方は浅い。これによって延焼の経路をもとめ、最終的に
火元を特定できるそうだ」と(授業中に)解説をほどこされた。
 消防署か警察署の捜査に立会った折の見聞とみられるが、簡潔にして
直截な表現力に、いまも与太郎は感服する。いまどきの凡庸な教師なら
「いのちの大切さを考え、みんなで気をつけましょう」などと意味不明
の訓示をするにちがいない。
 
 数学教師は、かならずしも数学者ではないが、日常生活で数学的論理
をたっとぶ人でなければならない。さらに“かんちゃん”は、学校経営
の手腕においても有能であることを、期せずして語る。
「焼けた木材は、これをそのまま使うわけにはいかないが、焼け具合に
応じて、それぞれ値段がつくそうだ。これを売れば、新校舎を再建する
ときの応分の原資が得られる。諸君、ご両親に伝えてもらいたい。全額
寄付をお願いするようなことにはならない」
 
 ほどなく理科教室は新築され、あいついでチャペルも建設された。
 かくして“カンちゃん”は校長に昇格したのである。
 もとは“ライオン”こと加藤 延雄校長が中学校長を兼務されたが、
あるとき(星野 光治教諭に前後して)解任され、暫定的に同志社教会
の茂 義太郎牧師が就任、その後“カンちゃん”の長期政権がはじまる。
 
 後年(1964-1965)、同志社高校では全国にさきがけて、修学旅行を
廃したとかでNHKの細谷 与邦プロデューサーが電話取材したという。
「アワちゃん、きみの母校の校長は、なんだか老人くさい話し方だね」
「そんなことはない。あの校長は論理明快です。会えばわかりますよ」
 この問題が、番組として取り上げられたかどうか未確認だが、質問者
によって“カンちゃん”のキャラクターが変化するとは思えない。
 
 あたらしい理科教室は、すこし離れた空き地に建てられたので、数人
の理科教師たちは職員室にもどらず、こちらで休み時間や放課後の執務
を常とした。理数系の苦手な与太郎は寄りつかなかったが、有賀 誠一
などは、心やすげに出入りしていた。
「こんどの理科教室には、専用電話があるんや」
「すると、何かのおりに便利かもしれんな」
「番号は、ロクナヤツナシ(6787)で覚えやすい」
 いまも手元にある“かんちゃん”の名刺に「吉田��六七八六」とあり、
その連番とみられる。
 
 いみじくも彼の発見した“ロクでもないヤツ”とは、理科教室に棲息
する四先生(谷本 岩夫、森田 昭典、高橋 哲郎、石村 壹)のことか?
 理数科ぎらいの与太郎にとって、まさに隠し砦の四悪人に思えた。
 
 焼けのこった生物教室では、老躯“シシマイ”こと獅子堂 静雄先生が、
孤塁をまもった。戦前の京都学派をしのばせる骨太センセイだった。
 玉松 公叙(生物)先生は、やっこらさと職員室から往復されていた。
 
(この項未完 20050925 個人情報を修訂正)
《カンちゃんの即断》《追辞》参照、《寝太郎》につづく。
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050914
── 《恩師の条件 〜 テッちゃんの訃報》
────────────────────────────────
 理科教室にはじまったフルートの響きは、いまに続いている。
 はじめ有賀 誠一が持ちこんだのがきっかけで、器楽部長に就任された
森田 昭典先生が(勇気ある決断で)新品を購入され、いまは谷本先生の
ご子息(一人はファゴット)とつづくのである。
 のちに森田先生は尺八を、谷本先生は謡曲を学ばれたそうで、修学旅行廃止の発案者は、谷本先生だったらしい。
 
…… 同志社高校に勤めていたときは若かったので、修学旅行団のマネ
ージャー役も勤めました。結論的には修学旅行は旅行じゃない、いわば
兵員輸送じゃないか、ことに同志社高校の生徒の場合、みんな家庭も豊
で、どこへでも自由に行ける環境にいる、こんなものを旅行と思うのは
生徒にとっても良くない、このような印象を持った私は教員会議に提案
して修学旅行を廃止してもらいました。以来50年近い歳月が流れ、私
が去ってからも既に40年以上になりますが、復活はされず、今でも同
志社高校は集団の修学旅行のない学校です。生徒諸君は親しい友達同士
で旅行のプランを好きに組んで、盛んに出かけているようです。それが
旅行なのです。
http://web.kyoto-net.or.jp/people/tbc00346/component/avocation.html
 
 教え子の消息
 
 谷本 岩夫 様
「71-73歳のキャッシュ」拝読・通読・愛読しています。
 
 小生は同志社高校に在籍(1955-1959)しましたが、授業に関する記
憶はほとんどありません。しかし当時の同級生で現在カナダでフルート
を吹いている有賀 誠一君なら、先生のご記憶にあるかと思います。
 当時のエピソードをまとめた冊子(20001231)を、お届けしたいのです
が、上京区紫野****(当時の名簿)宛でよろしいでしょうか?
 なお、このころ器楽部長としてフルートを学ばれた、森田 昭典先生
の最新のご住所を、ご存知ではありませんか?
               阿波 雅敏 ── awa****@dream.com
 
 Mai'20020303
 
 メール懐かしく拝読。貴君の名前はそうざらにある名前でないので記
憶にあります。残念ながらお顔はイメージできません。ホームページに
書いているようにまずまず元気に家内の看護を本職として毎日を過ごし
ています。
 私の住所は変わっていないと言えば変わっておらずただ上京区から分
かれて北区になっています。すなわち603-8225 京都市北区紫野***です。
 森田 昭典さんの住所は
880-0955 宮崎市桜ケ丘町**** Tel:0985-48-****です。
 
 有賀君はお姉さんと同じように音楽家になっているのですか?
 お父さんは牧師さんでしたね。私の息子はフルートを趣味にしていて
今は京都芸大の大学院で音楽社会学を専攻する傍ら大阪のザ・フェニッ
クスホールで企画などさせてもらっていますので、有賀君にも親近感が
こみ上げます。
 森田先生もフルートをやっておられましたね。それから尺八も。
 森田先生とは年賀状のやりとりだけですが、お元気な様子です。
 きっとパソコンも屋(や)っておられることでしょう。
 
 この項未完とあるので続きを待ちます。「カンちゃんの即断」「追辞」
「寝太郎」も読みたいのですが、よろしく。
 谷本 岩夫(Iwao TANIMOTO)
 
 Mai'20020306 16:11
 
 ご案内ありがとう。到着したら拝読します。
 私の古い方のコンピューターは、ホームページにも書きましたように
PC9821Xv20ですが、メルコのLAN boardもI-OデータのLAN boardもどち
らも組み込めませんでした。PCIには取り付けできるのですが、ドライ
バーが組み込めないのです。Intelのドライバーが入ってしまうのです。
こちらのOSはWINDOWS MEでその持っているドライバーが優先的に入っ
てしまうのです。I-Oデータの適応機種にはPC9821と書いてあるのです
が、さらに詳しい情報にはPC9821 Xa13,Ra333,Xa200が書いてあり、私
のXv20は書いてありませんでした。今はもう組み込みはあきらめて
います。昨年買ったのは富士通のC7/100WLTといわれるものではじめか
らLAN boardを持っています。windows XPにはPPPoE(PPPover Ethernet)
が用意されていますし、USB関係のソフトも用意されていますので、USB
で接続したプリンターも自動的にドラッグアンドプレイされます。
 ブロードバンドにはXPがおすすめです。
 これを書いているうちに貴君から Day was Dayg が届きました。
 ではまた。
 603-8225 京都市北区紫野****
 
 20020306
 
 谷本 岩夫 様
 
 別便で《虚々日々 Day was Day 20001231》を発送しました。
 小学校の先生はじめ、中学高校の友人たち約二十人に献呈したところ、
三十年四十年ぶりの消息とあって、さまざまの返信を受取りました。
 もとは自分のための覚え書きで、読者を特定していなかったために、
(中には第一頁から最終頁まで読んでくれた律儀な友人もいましたが)
関連する頁に、見出しシールを貼っておきました。
 
 有賀君は、カナダ合同教会大学担当牧師(chaplain)として、セミ・
プロ音楽家というところでしょうか、一昨年春の定期演奏会には、姉=
のゆり女史を招いたそうです。父=鉄太郎(同志社大学教授)博士は、
牧師ではなく、キリスト教会教理学者(P056参照)以後の消息ならびに
「カンちゃんの即断」「追辞」「寝太郎」など、いずれも続編にあたる
《去々日々 Day is Day 20021231》で編集中です。
 
 先生とおなじく、昨年暮から Windows XP & ADSL を導入しましたが、
「メルコ製 LAN BOARD の組み込みがうまくゆかず」ストレスのため、
すっかりヘバってしまいました。“常時接続”などとうたってみても、
システム・リソースが一杯になれば、電源を切るしかないので、いまだ
幻想にすぎないのではないでしょうか。
 先生は、テレビ・チューナーを併設されたそうですが、私のファイル
は、あまりにも大きすぎる(すべて Excel/平均20MB/最大30MB)のが、
諸悪の根源らしく、一台で何もかも操作するのは無理、そしてラン接続
も不具合、というのが現況です。        では、また。
 
 880-0955 宮崎市**** 
 森田 昭典 様
 
 前略 別便で《虚々日々 Day was Day 20001231》を発送しました。
 小学校の先生はじめ、中学高校の友人たち約二十人に献呈したところ、
三十年四十年ぶりの消息とあって、さまざまの返信を受取りました。
 もとは自分のための覚え書きで、読者を特定していなかったために、
(中には第一頁から最終頁まで読んでくれた律儀な友人もいましたが)
関連する頁に、見出しシールを貼っておきました。
 谷本 岩夫先生のホームページを通じ、最新のご住所を教わりました。
昨年秋“ゴリ”こと吉田 肇、馬場 久雄、竹内 康ら三君に再会しまし
た。有賀 誠一はカナダ合同教会大学担当牧師(chaplain)、若林 通夫
はフランス国立カンヌ管弦楽団で活躍しています。
 先生のご近況を(他のメンバーにも伝えたいので)お知らせください。
 草々   阿波 雅敏 (Let'20020306)(返信なし)更新日:20050926


与太郎 |MAIL |HomePage

My追加