http://d.hatena.ne.jp/adlib/19570316
卒業記念誌《�堯嫺瓜崋匚盥算闇�F組
卒業記念文集もくじ
序にかえて 01
卒業の門出を祝いて 茂 義太郎 02
真白な論文 上田 堅一郎 06
新居にて 並河 純 07
書いたるぞ! 君らの司級 上野 務 16
ウェット族よりドライ族へ 久永 省一 26
現代人の眼 牧 克忠 32
愛すべきかな稚気 杉井 六郎 34
青年は未来を信じ 志岐 常正 70
サラバ高校生活よ 内藤 晴茂 04
いわくら 伊藤 弘二 05
高校時代 民秋 史也 12
友達 橋本 孔夫 15
楽しみの一つ 薮内 豊造 28
八分間の差 大西 京子 32
長すぎる? 英語の常識 山田 英二 33
坊主心 三宅 由絋 35
初恋らしきもの 瓦谷 友之 36
京都 平輔 善哉 44
大いなる喜び 和田 万寿男 60
日記抄 広森 美知子 62
滝の誘い 佐藤 京子 64
二つの自分 茂 義樹 66
イモ・タコ・ナンキン 辻 直子 69
思いつくまゝ 笹谷 妙子 72
追憶 南 武美 74
岩倉逍遥歌 遠藤 敞干 18
詩三題 藤井 健作 27
3・F どんちのうた 56
アンケート �機ヾ篩卆験茲撚燭魍悗鵑世� 09
アンケート �供‐綸沈萓犬飽豸� 21
アンケート �掘 ̄壇鼎飽貮�啓上 29
アンケート �検―蚓�はどんな味でしたか 37
アンケート �后〕�想とする異性のタイプは 41
アンケート �此,錣�クラスの最優秀賞 45
アンケート �察,△覆燭量粥 �53
アンケート �次,△覆燭僚叔�後 57
スウィート ホームに関する統計 40
思い出ばなし・水泳バスのこと 20
思い出ばなし・二重身体検査事件 20
思い出ばなし・どんち 25
先生と生徒のプロフィル 47
Memorys of 3・F 81
若き日の想い ロング・フェロウ 0c
初恋 島崎 藤村 37
ふるさとの 三木 露風 39
夢みたものは 立原 道造 55
海の鐘 デェメル 59
山頂 バイロン 68
お別れのことば 和田 万寿男 80
お別れのことば 山田 英二 80
編集あとがき 85
住所録 86
よせがき 0b & 90
(表紙・カット 阿波 雅敏) 0a
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卒業記念誌《�� 19570316 同志社高校三年F組》 88
発行
上田 堅一郎
編集
広森 美知子
笹谷 妙子
和田 万寿夫
山田 英二
印刷
阿波 雅敏
>>
新居にて 並河 純
わたくしごとで恐縮である。
昭和二十九年の二月といえばちょうど今度の卒業生諸君が入学する直
前だが、このとき妻の病気が発見されて──結婚後一年を経たところで
ある──その後三ヶ年わたくしは比叡山の麓の下宿で独り暮しを余儀な
くされた。学生時代から住みなれた北白川の住いをすてて、辺鄙なとこ
ろに移ったのは、世の刺戟をさけて淋しさをたえようとするつもりから
であった。しかし事実は志と反して、妻の病気の一進一退と、一時はか
なり憂慮すべき状態にまでなったことなどから、却ってわたしは、刺戟
を求めて生活と感情に混乱をきたすようになった。
不幸にして諸君はわたしのこんな時期に三ヶ年間の岩倉生活を始めら
れ、終えられることになったのである。いかにも諸君にとって、御迷惑
な話であった。わたしは、私生活の感情の起伏をできるだけ学級にもち
こまないように努めはしたが、以前のように生徒諸君の成長のリズムに
到底歩調をそろえることは不可能であった。加えて、それまでのわたし
の教壇生活数年間の経験は、教材の下調べや生徒諸君の指導方式にわた
しなりの一種の型をつくりあげていた。特別の手数を要せずして日常の
ことは果たし得た。愚かにして芭蕉の格言「初心忘るべからず」の意を
わすれてマンネリズムを来たしていた。
「初心忘るべからず」これは、本校のある先生が去られるときに言わ
れた言葉だが、再び、わたし自身の自戒のためと、諸君の卒業にはなむ
けしたい。わたしは嵯峨の新しい住いで、藁で灰をつくったり、ガス風
呂を爆発させたりしながら、ようやく病からのがれ得た妻を迎える準備
をしながら、四月からもう一度、初心にかえって教壇に立ちたいと念願
している。
ともあれ、卒業とは、何となく悲しく、何となく嬉しいものだ。わた
しの高校同窓の森川辰郎が、卒業にあたって詠んだ句が、最近、句集に
収めて出版された。
一歩一歩校庭の雪かたからず
雪の校庭わが曳く影を拒まざる
雪の夜の寮歌となりて宴果てぬ
雪の夜の寮歌の喉の嗄るるまで
自分たちの高校卒業時の感懐をふりかえって諸君の前途多幸を祈るこ
のごろである。
── 卒業記念誌《�� 19570316 同志社高校三年F組》P07-08
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◆ 地方名士(なびか&なみかわ)
── 並河 純(なびか・じゅん)山陰酸素工業社長、安来市商工会議
所会頭。没昭和62年5月19日 60歳[腹部動脈瘤]生大正15年7月1日
(島根県安来市) 学京都大文学部卒、京大大学院修了 歴昭和37年、
山陰酸素工業常務。その後専務を経て50年、代表取締役社長。56年から
安来商工会議所会頭を努めた。
── 《ジャパン WHO was WHO 19880325 日外アソシエーツ》P459
…… 2002年1月3日(木)
今日も雪。なんだか降り積もる気配。寒いのが嫌いな旬公は「ワタシ
は雪国にヨメに来たんじゃない」とブツブツ。ぼくの方も、そろそろ庭
に建っている書庫を整理しはじめなければならないのだが、吹雪がヒド
イので外に出られない。森川辰郎『句文集 松江』(臼井書房、1954)
は、戦中を旧制松江高校で過ごした著者の俳句と俳句論。正直云って、
俳句としてはまったく見るところがないように思える(俳句のことはよ
くワカランのだけど)。この本を買ったのは、装幀が花森安治だったか
ら。花森は戦前に松江高校を卒業しているので、その縁で装幀を頼んだ
らしい。松江の地名を描き文字で並べたデザインがいい。(略)
── 南陀楼綾繁《正月読書日記 20020112 mailmagazine of book reviews vol.58》
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http://www.aguni.com/hon/review/back/58.html
花森 安治《暮しの手帖》創刊 19111025 兵庫 19780114 66 /
並河 純 (なみかわ・じゅん)19260701 島根 19870519 60 /
森川 辰郎 1926‥‥ ── 《句文集・松江 1954 臼井書房》
下村 福 “フクちゃん”1923‥‥ 京都 19990205 76 /
── 下村 福《松籟・をさむ遺句集 2001 皓星社》
おなじ国語教諭で、大丸の次男だった“フクちゃん”こと下村福先生
にはかなわないが、並河先生も故郷では財界御曹司として、わがままに
育てられた“ボンボン”である。
ふだん苦虫を噛みつぶしたような表情だが、若の花が勝った翌日だけ
は機嫌がよくなる相撲ファンでもあった。
1955年春(最初の授業で)与太郎の姓=阿波を「アバ」と呼んだのは、
岡山県の阿波村(あばそん)に準じた記憶によるものか。ふつうは徳島
や三重県の「アワ」と読むのが一般的である。
先生自身の姓は、同志社では「なみかわ」と呼ばれていたが、地元の
読みは「なびか」らしい。訃報によれば1962年、常務就任とあるので、
高木宏二の書簡(19600620)から二年後に退職されたのであろう。
◆ 疑惑
与太郎の同級生で、《�堯佞茲螳貲�後輩の女流作家が、自伝の中で、
同志社中学から高校までの諸先生に関するエピソードを、ほとんど実名
のまま活写している。当の本人が読んだら、ギャフンというような大胆
なギャクも織りこまれていて、痛快きわまりない。
並河先生については、進学に関するきわどい会話が再現されていて、
読みとばすことができない。しかるに、当時の先生の家庭環境や実家の
背景から推するに(与太郎のみるところ)必然性にとぼしく、なにより
客観的な状況証拠がない。
故人には釈明のチャンスがないのだから、せめて彼女は(文学的良識
にもとづいて)論理的な推論を述べるべきだろう。
全文を引用することはできないが、彼女はつぎのように結んでいる。
…… 何がどうしてどうなったのか、聞くとパンドラの箱の蓋が開きそ
うで聞けなかった。 (P161-172)
── 遠藤 瓔子《タンゴ、口には出せず(3)20010401 gui 62号》
(前半の一部は、彼女自身のHPで公開されている。↓)
http://www.geocities.jp/endohkun_22/profile/gui.html
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画像番号[z0a-90]
◆
若き日の想い
昔なじみの街路に影落す木々は
うえしたにゆっくり枝をゆりながら
美しい歌を唱っている
いまなおため息と共にさゝやいている
少年のこゝろは風のこゝろ
若き日の想いは遥か遥けし
H.W.Longfello
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画像番号[z0c-]P0c
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19570316
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19570316
1957年03月16日(土) 卒業記念誌《�堯嫺瓜崋匚盥算闇�F組
(20051208)