与太郎文庫
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| 1955年11月22日(火) |
クラブの横顔 〜 DJSO & DHC 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19551122 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html Ex libris Awa Library;弦楽合奏班(=正/誤=)弦染合奏班 高校生になった与太郎も、ヴァイオリンを買って独習を始めていた。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19550803 ぶァいおりん 〜 入道雲がうらやましい 〜 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030326 DJS略史 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20011123 門庭再訪 〜 本宮 啓 先生との対話 〜 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%A1%A3%C4%A3%CA%A3%D3 ホザナ・コーラスのボーイ・ソプラノ“軍ちゃん”の名がみえる。 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%A1%B2%A3%B0%E6+%B7%B3%CA%BF 横井 軍平 ゲームデザイン 19410910 京都 石川 19971004 56 /元任天堂開発第一部長 >> 弦楽合奏班 嘆きのシャモ先生 磨かれぬ宝石 この楽しそうな顔を御覧下さい。弓が弦にふれた瞬間、偉大な作曲家 のけだかい香りが部屋に満ち、美しいハーモニーと律動美が私達の心を 圧倒します。合奏は個人の高度の技術と全員の完全な心の一致と調和が 必要です。自我をすて指揮者の目指す理憩にとけ込まなければならない。 各人がどんな天才でも我を去って全体に融和しなければアンサンブルの 妙味は破壊されるだけです。従がって合奏は一種の心の試練の場と云う ことができます。 班員には雄弁大会連続優勝者や学術部委員長の大先生、二年の大口大 声、大あばれのカッパ、よくかますたぬき、“おっちゃん”の愛称で有 名な二Cの美化委員やすごいおてんば?いや案外しをらしい所もある “乙姫どしし”親切で人なつこい小先生、年中クンクン云うクン君等愉 快な連中ばかり。但し一年の班員には一同呆然としています。練習の最 中にアメをたべる。�狎萓犬�腹へつた″を連発しすぐにポカポカとなく り合いを始める。これがダルマとひろちゃんと云う女子で、時にはバッ ハもベートーへンも顔まけして墓の中で苦笑し、顧問のシャモ先生も全 く途方に暮れられる事も屡々です。而し純音楽への熱情と云う点では全 員異議なく一致し精進をつんでいます。この団体はまだ磨きのかかって いない宝石の原鉱とでも云うべき存在で希望は将来にある。同中のいや 日本の音楽文化の向上の為に自愛精進を願ってやまない。 (写真=魔法の指揮棒を振るシャモ先生) ホザナ・コーラス 輝く伝統 但しカラスもいます ホザナ・コーラスは中堀先生及び小島先生の指導の下に数多の先輩の 後に続く事三十有余年、同志社では無くてはならぬ存在である。ホザナ ・コーラスと云うと良い声の者ばかりが入っている様に思われがちであ るが決してそうではない。部員の中には、ウグイスの様な声の人、クツ ワ虫の鳴き声の様な人、さまざまである。全体に男の人の連中は軍ちゃ んを始め精勤で愉快な者ばかり、あまり愉快すぎて練習が中断し、小島 先生もおかしくて文句が云えないと云った光景をしばしば見る事が出来 る。又上級生は深い友情の持ち主が多く、最近チャペル前方の聖歌隊席 がガラリと空くので市谷先生から注意を受けたが、これには深い訳があ るのである。 即ち上級生には自称の美女美男がそろっているので、礼拝中まぶしく て礼拝のさまたげになるだろうとの深い友情を表わしたつもり。 静かな薄暗いチャペル、そしてステンドグラスを通して入って来る色 とりどりの光の下で白いガウンにつゝまれて歌うと時の皆の顔には、云 いつくせようもない喜びと希望に満ちあふれている。 (写真=懐かしくも楽しいこの雰囲気) 水泳部 京都の名門 生かせ伝統の力を 水泳は成長期にある若者の身体をりっぱに鍛えるのには、テニス、バ スケット、バレー等と違い全身運動であり水泳をする事に依ってりっぱ な体格と均整のとれた身体を造りあげる事が出来、最も良いスポーツの 一つである。 本校水泳部は関西の水泳界に大きな地位を占め、特に京都府にあって は我同中の水泳部なくしては、京都の水泳界は活動する事がない位で京 都府水泳界の大黒柱とも云うべきホープである。事実同中水泳部の今迄 の戦歴と云うものは、真にりっぱなものである。毎年国際大会迄にも本 校水泳部員は世界一流選手の前で他校選挙と競い外国選手の日を見はら せている。毎年京都に於ては優勝をとげ他校を圧倒して、古豪同志社と 歌われ京都の水泳選手はおそれている。今年の敗北の原因は、本校生徒 諸君のスポーツに対する関心と熱意の乏しさを水泳部貝のみの力でまか なう力のつきばてて来た事を諸君に訴えるものである。此の様なりつば な戦歴も、水泳部員の苦しい激しい練習の賜物である。 此の様な苦しい練習の中から男同志の友情が自然に固く濃く結ばれ本 当の意味のチームワークを作り此の様な良い戦歴をあげると共に、他選 手からも信頼を受け京都の水泳界の大黒柱たる地位を占める事が出来た のである。今後もスポーツへの熱意と関心と我水泳部への大いなる御声 援を切望してやまないのである。 ── 《クラブの横顔 19551122 同志社中学生新聞》P3 編集兼発行人=北川 禎三 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A1%A1%CB%CC%C0%EE+%C4%F7%BB%B0 << 歴代水泳部キャプテンとの確執は《虚々日々》に詳述。 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19550603 諫争 (20100601)
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