与太郎文庫
DiaryINDEX|past|will


1955年03月16日(水)  読後の感想を語る会 〜 壷井 栄 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19550316
 
 壷井 栄著《二十四の瞳/母のない子と子のない母と/柿の木のある家》
 
 読後の感想を語る会
 
  心にふれる作者の人格/やさしい小母さんの感じ……
 
司会 ではさっそく壷井栄著�狷鷭住佑瞭鍬瓩鮹羶瓦法�読後の感想など
  いろいろ話しあいたいと思います。阿波君いかがですか。
阿波 こういう会があるというので急いで読んだのですが、もう一つの
  作品�猜譴里覆せ劼隼劼里覆な譴鉢瓩鬚△錣擦篤匹鵑任澆董△修里�
  ちらにも云えることは、壷井栄さんの人格ですね。あたたかいもの
  にふれたということは云えると思います。
木村 小母さんみたいな感じの人だと思いました。庶民的で少しも気取
  らないで、だれが読んでも深いあじわいのある作品です。
高島 写真見たらほんとうに小母ちゃんね。先生よりもね。(笑)
今村 自分の気持をいつわらずに書いていると思いました。
高島 壷井栄の主人が�狃鬼�朝日�瓩痢嶌覆鮓譴襦廚能颪い討い泙靴燭�、
  奥さんの壷井栄はほんとうのしろうとだったのが御主人が作家なの
  でマネをして書き出したらこんどは主人よりいそがしくなったそう
  ですね。そういうところが普通の小説家と違うところなのね。�牾�
  の木のある家�瓩△譴話司圓世韻譴匹癲△△譴鬚�読みになったら、
  作者の人がらがよくあらわれているように思いますけど。
遠藤 「坂道」や「ともしび」など本当に子供の世界を理解していると
  思いました。
高島 生活の中から問題を見つけ出しているのね。もえるような信念を
  もって、いろんなものをながめて、そしてそれに解答を与えている
  ……。「二十四の瞳」でも作者が一生県命うったえている感じね。
  大石先生やらおとらおばさんが作者自身の姿でもあるわけですね。
 
  あたりまえに思われていた戦死
 
川北 大石先生は�狎鐐茘瓩鬚笋瓩覆韻譴个覆蕕覆い噺世辰討い泙垢�、
  その子供たちは戦争をあたりまえのように考えていますね。
宮武 教え子がどんどん戦争に行ってしまっても、それをひきとめられ
  ない大石先生の気持がわかるように思います。
内村 軍国主義のはなやかな時代に育った大吉が�狎鐐茘瓩北ノ呂魎兇�
  たのはわかります。僕も戦争の頃は�狹佑Δ海鉢瓩北ノ呂鬚�ぼえて
  いました。最近では�狆�年自衛隊�瓩了峇蠎圓�多かったそうですが。
司会 �狒陲亮足瓩鮟个靴唇霎鄒萓犬��狎岫瓩世箸い錣譴届瓦貌�れられ
  ていますが。
内村 そのことがあってから他の先生は全く自分の考えを述べなくなっ
  たのに大石先生だけが、消極的ではあったが自分の正しいと思うこ
  とを云えたのは立派でした。
古荘 結局、それも自由にものが云えなくなったのと子供達が皆卒業し
  てしまったので大石先生は先生をやめてしまったのですね。
高島 私はなんやいくじなしやと思ったけど。
内村 僕は不自然に思わなかった。そうするより仕方がないと思いました。
阿波 今はとにかく自由ですね。その頃と比較にならない位。
高島 そこで作者はいヽわけをしているんです。「牢にぶちこまれるだ
  けが抵抗ではない」とね。批評家ははっきり�猗神鑛験忰瓩世噺世�
  ていますが、つべこべいわずとも反対したくなるのは自分の育てた
  生命がそこなわれるのにたえられないからでしょうね。
北川 戦争は本当にいやですね。
 
  �爐△鵑弊萓犬笋辰燭蕕─海覆´疆仂貎擁�はみんな�狒運有�
 
高島 �爐△鵑弊萓犬笋辰燭蕕─海覆´瓩箸いΔ里鯤垢い銅�が痛いんだ
  けど(笑)全面的に見て悪い所はないわね。あヽいう情愛に結ばれ
  たらいヽと思うわ。家庭ではわがままだけど、それは先生の�牴板�
  生活�瓩鮗�由に描いているからで、教育者だからといって家庭生活
  までゆがめられていないのがよい。又先生が生徒に自分を押しつけ
  ていないことも大へんいヽと思います。 
吉田 生徒に対して母性的だから家庭では反動的に母に甘えてるんでし
  ょう。その方が自然だし、そういう所に作者の善意があると思います。
司会 �猜譴里覆せ勠瓩凌佑燭舛呂匹Δ任垢�。
内村 史郎が縁日で、だまされて、お母さんの病気の直し方を書いた本
  を買ってくるところがありましたがあそこにも、ほほえましい愛情
  が感じられます。
高島 あの村の人はみんな善意に生きていますね。おとらおばさんは夫
  にも一人息子にも死なれてほんとに一人ぽちなのに、少しも暗い影
  がない。そこに一つの人間の生き方があるのね。おとらおばさんが
  面倒を見ている一郎が史郎の家の麦刈りを手伝って、疲れてしまっ
  てその晩「お寝小」するところなんかも、おとらおばさんほんとに
  心があたたまるような応対をするのよ。不幸な一郎をみんなが善意
  ではげまし合って生きているのね。
内村 一郎のお父さんが復員してきたとき、一郎が前に住んでいた熊谷
  のことを思い出して話すとお父さんは「古い事は考えないで前方を
  見つめて生きて行こう」といヽますね。あれなど……。
高島 最後は特によかったわね。
木村 一郎のお父さんは大学を出ているし、英語の先生までした人だけ
  れど、復員してから職がないので史郎の家へ日雇いにゆきます。な
  れない労働のために肩の皮がすりむけたりけれどもそこに生きる喜
  びを見出しています。
阿波 村の人たちがみんな善人であったということ。ここにこの作品の
  ウソがあると思うんです。あの頃の人達、子供達にしても実際はも
  っとすさんだ汚い心があった筈です。戦争から来る貧しさ、そして
  腹のへった子供達、終戦直後小さな子どもまでも盗みをしたり、い
  ろんな悪いことをしたのです。それがこの作品の�猊臭瓩砲呂覆ぁ�
  作者がさけていると思うのです。
高島 きれいに書いてあるわけね。でもこれが作者の全力あげて抗議し
  ていることじゃないの。小豆島が平和な田舎のようにかかれてある。
  それ自体が私達に魅力を与えるものね。そしてこのきれいな平和な
  生活の中に、不幸が起っていヽんだろうかということを作者は訴え
  たかったと自分で云ってるんです。そして貧しさということはかな
  りとりあげていますよ。
阿波 僕の云うのはね、去年の暮に僕達の学校が�猊呂靴ねГ竜澪儕親悪�
  をやりましたね。そうしたことからも、当時どれだけ貧しくて、ど
  んなにみんあの心がすさんでいたか判るんです。文学的にどうとい
  うのではなくて、少なくとも、僕達はこの作品の裏にあるものを頭
  のどこかでつかんでいるべきだと思うんです。
高島 私ももの足りないと思ったところはもっと深く掘りさげたらと思
  ったの。でもこの作者は、この形で人の心に問いかけているんですね。
 
  親と子の愛情の問題つづる短編集�牾舛量擇里△覯鉢�
 
高島 �牾舛量擇里△覯鉢瓩鯑匹鵑世里鰐畋爾気鵑髪麁�さんだけね。
木村 �爐箸發靴哭瓩六匐,�よその家へもらわれてゆく話ですけどそこ
  のお母さんがその子供に愛情がもてなくて初めは可愛がらなかった
  のですが、だんだん二人が打ちとけて、お父さんが脚気になったと
  きお父さんが「子供が悪いからだ」と云うとお母さん子供を抱きし
  めてしまうところ、とても胸をうたれました。
高島 お母さんが子供との接触(ふれあうこと)で愛情を教えられると
  いう話ね。
木村 今まで�牋Δ気譴覺遒哭瓩話里辰討い討皚牋Δ垢覺遒哭瓩鮹里蕕�
  かったお母さんがそういったものにだんだん目覚めてゆくのですね。
高島 私はお父さんとお母さんの心の動きが面白いと思いました。それ
  が大人の世界なのかも知れませんね。子供対母、そして父と母の問
  題があるわけね。
司会 そろそろ時間になりましたのでこの辺で終りたいと思います。な
  にぶん最初の試みでもあったのでうまく運ばなかったと思いますが、
  今後もこの様な会をもちつづけてゆきたいと思います。ごくろうさ
  までした。               (一月二十二日)

   (註・この記事は編集の都合に依り、意図を変えない限りに於いて、
   若干の改稿、省略、順序の変更等を行いましたので御了承下さい。)
 
────────────────────────────────
 
 語る人(発言順)
 
3C 阿波 雅敏
3D 木村 祥子
  高島 先生
2B 今村 昌義
3D 遠藤 瓔子 (●=王+嬰)
2E 川北 貞夫
? 宮武 恒夫
3A 内村 公義
  古荘 先生
1C 北川 嘉三
3E 吉田 肇
3C 有賀 誠一 (書記)
2A 和田 和代史
2C 清水 隆史
2D 松浦 和郎
3D 河原 満夫 (司会)
 
── 《図書室便り・第五号 19550316 同志社中学校図書委員会》
 
────────────────────────────────
 
 19540102 この日、皇居の新年参賀に三十八万人があつまり、二重橋
上の混雑で十六人もの死者が出た。
 三学期早々の授業で、高島春江教諭は、次の歌(作者未詳)を詠む。
「ことほぎて 集ひし人の/……/ニュース悲しも」
 先生は、つねづね厳格かつ厳粛な表情であるため、成績かんばしから
ざる生徒たちには敬遠されているが、あくまでもひたむきな文学的熱情
が伝わってくる。誰が名づけたか“オバア”などという卑俗なアダ名は
まことにふさわしくない。あるとき「皆さん、関西にあって日本を代表
する詩人は誰でしょう」と問うたが、答える者がいない。「その名は、
小野十三郎です、よくおぼえておきなさい」
 いま調べるに「気分で流すな、ものを見つめよ、観念の物尺は使うな」
と主張するアナーキストであり、同世代の文学少女たちのカリスマ詩人
であったらしい。
 またあるとき「皆さんは《君の名は》などという低俗なラジオドラマ
を聴いてはいけません」とたしなめられた。「あんな、安っぽい陳腐な
筋書は、文学とは無縁のものです」誰かが「そうかなぁ」とつぶやくと、
先生はキッとなって「そもそも、あんなに類型的な、あれほどきびしい
お姑さんなど、現実には存在しないのです」と断言した。授業のあとで
悪ガキどもは「センセイも、やっぱり聴いとるんやないか」とささやき
あった。
 先生が恐れられた、もうひとつの理由に、薙刀の有段者であるらしい
との情報(誰もその勇姿を見たわけではないが)もあった。そして高校
に進むと、弓道の達人であるという岡谷清子先生にめぐりあう。
 19530915 映画《君の名は》《終着駅》同日封切。(Day'20000606)
 
── 《虚々日々 20001231 阿波文庫》P024-027
 
(20060109)


与太郎 |MAIL |HomePage

My追加