与太郎文庫
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| 1949年01月16日(日) |
子供殺しの感傷 〜 名古屋での父子心中 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19490116 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19490116 Ex libris Web Library; ── 子供殺しの感傷 デパートの階上から失業の父親が子供を抱いて飛び降りた。地面にぶ つかる瞬間、子供を差し上げたためか、父は死んだが子は怪我一つせず 奇跡的に助かった。名古屋での父子心中である。こういう場合、日本的 な物の考え方ではとかく「親の愛情」の方が強く受けとられがちである。 「子を殺す」という大きい問題の方を忘れて、殺し方の仕草に表れた小 さな愛情の方に感傷的な涙をそそぐのである。 こうした大小をとり違える傾向はわれわれの日常によく見かけられる。 母子の投身心中などでも、水は冷たかろうと有りったけの着物を子にき せたのを�猜貔�愛�瓩箸靴椴泙鬚靴櫃襦�親が子を道連れにして殺すのは、 よくよくの事であろうが、殺し方のささやかな愛情に心を動かされるよ りは、子を殺すこと自体にもっと厳しい批判を向けるべきである。 三人の愛児を絞殺した母親が、生活苦や家庭の不和ゆえにやむを得ず と判検事から同情されて、懲役三年、執行猶予五年の判決を受けたこと が、「子供の基本的人権」の立場から参議院の法務委員会で取り上げら れた。そして、他人の子を三人も殺したり、大人を三人も殺したら当然 もっと重刑が課せられるだろうに、「わが子」なるが故にその罪が軽く 見逃されている点に厳正な批判が注がれた。 それは子供を「親の私有物」視する考え方であり、封建的な家族制度 の親子観の悲劇であり、子供はその旧思想の犠牲なのである。わが子を 売ったり家族心中の道連れにすること、日本よりはなはだしきはない。 大人が自ら命を断つこともなくなる時代は当分招来されまいが、子供の 生きる人権は新憲法下もっと確立したいものである。(19490116) http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/B000J81UHA ── 嘉治 隆一&荒垣 秀雄《天声人語(1)19450906〜1218 19810120 朝日新聞社》P225-226 ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ (20120629)
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